すくうまで待ってて - 1/5

人間の顔というものはこんなにも真っ白になるものなんだな、とカラ松はシーツで足を隠しながら感心した。
ぼさぼさした少し硬めの髪の毛と目の下の隈。どうにもくたびれた雰囲気なのは伸びかけているひげのせいだろうか。撫でたらチクチクしてそうだな、とつい腕を伸ばしかけて慌てて止める。いけない。カラ松の二の腕は筋トレを欠かさないためきれいに筋肉がつきひきしまった男のものだ。受けはいいけれど好みではないだろう。

「……ま、つの、くん……ぼく、きのう」

あまりの衝撃からかくんづけで呼ばれてしまった。初めてかもしれない。これはこれでかわいいな、と胸をときめかせながらもカラ松は安心させようと口を開いた。
別に初めてってわけでもないし、そもそも送り狼になったのはこちらだし、お互い成人しているのだし。

「っ、最低だ……」

うめき声に遮られて言葉は口にできなかった。
目の前で頭を抱えている男はカラ松を見ることなく、ただひたすら後悔している。
そうか。最低か。うん、困ったな。

「せんせ、あの、ほら……酔ってたから」

これは本当。昨夜、成人式兼中学校の同窓会に参加したカラ松は、当時の養護教諭であった松野一松と再会し、しこたま酔った。え、中学の皆かなり集まりそうじゃね、これはもう学年全員よんじまおう、なんなら先生も呼ぼうぜ。お祭り騒ぎの大好きな同級生が企画した同窓会は本当にほぼ学年全員がそろい、各担任どころか生徒指導だの教頭だのも参加していた。授業はまるで受け持っていないながらも女生徒からはそれなりの人気を得ていた目の前の保健医も、その流れで呼ばれたのかもしれない。あまりこういったことに来る印象はなかったけれど、先生方との関係とかいろいろあるんだろう。

「……酔って……あの、ぼく、いや」

どこまで記憶にあるのか怪しいが、おそらくはなにも覚えていない。目を白黒させながらぼそぼそと呟く姿があまりに哀れで、カラ松はつい助け船を出した。だって汗がひどい。

「大丈夫、ノーカンにしたらいいんだ」

酔った次の日に自宅のベッドで同衾、自分も相手も裸、脱ぎすてられ周りに散らばった服。これでなにもなかったという方が信じられないだろう。たとえ相手が男だとしても。

「のーかん」
「うん、男相手なんて自慰だと思えば! な? だからせんせ、元気だしてくれ」

実際は、なにもなかったどころかいろいろあった。自慰ではできないこともそれなりにやってしまった。
しかしこんなにもショックを受けられてしまってはかわいそうでならない。カラ松はどうにもこういった状況に弱い。目の前でしょんぼりされては慰めるしかないし、立ち直ってくれるよう必死で応援し支えてしまう。損な性分だと友人には言われるけれどこれがカラ松なのだから仕方ない。三つ子の魂百までではないが、二十年で形成された性格は簡単には変わらない。

「で、でも、松野、あの、……っせ、責任を」

ショックから立ち直ってきたような顔をしながら先生はまだ頭が動いていないらしい。責任なんて女の子相手ならまだしも男相手になにを言っているんだろう。そもそもカラ松相手だというのに。

「なに言ってるんだせんせ、大丈夫だって」

だいいち初めてじゃないのだ。

「昔せんせが俺にしたことの方がよっぽど責任問題だって。今回のなんかノーカンでいけるいける」

明るく笑い飛ばせば今度こそ死にたいと言わんばかりの顔をされる。あの頃の思い出話でもして和やかに解散しようと思っていたのにあてが外れた。

「もうダメだ……ぼくは最低だ……死ぬ、いやそんなことで許されるのか……?」

うつろなまなざしで呟く男は控えめに言っても不審者だった。これが中学校の養護教諭なんて大丈夫だろうか。いくら白衣をまとっていても通報されたり。いや、カラ松が中学の時すでにこういった風貌であったがそれなりにもてていたし人気もあった。保健室に遊びに行く生徒はカラ松だけではなかったのだから問題はないのだろう。

「俺は本当に気にしてないから! な、だから死ぬとか言わないでくれせんせ。たいしたことじゃないって。別に初めてでもないし、彼氏もこの間別れたとこだから浮気とかにもならないし」

もっといいかげんで別れた相手のことなんてどうでもいいのかと思っていた。まさか責任なんて言いだされるとは思わなかったけれど、一応教師のはしくれとして真面目なところもあるのだろう。
呪いのような懺悔がぴたりと止まり、がばりと勢いよく先生がカラ松を見つめる。いっそ睨みつけるといっていい強さの視線はぎらぎらした目とあいまって、正直に告げると大変に怖い。慰めていたのになんでこんな目で見られている。

「せ、せんせ……腹が減ってるなら」
「かれし」
「ふぁっ!?」

駅までの道にやよい軒があったぜ、まで続けられない。

「松野、彼氏いるの。ゲイなの。なんで俺と」
「え、あ、ごめんなさい!??」

ぐいぐいとシーツがひっぱられるから必死でひっぱり返す。なんで綱引きみたいなことしてるんだ。布にすっぽり包み込まれていたいというカラ松のささやかな希望くらいかなえてくれてもいいじゃないか先生。ひどい。

「答えて」
「ええ!? 彼氏は今いなくて、ゲイっていうかたぶんバイだと思う彼女もいたことあるし、それでええと先生とはあの、酔った勢い的な」
「死のう」
「なんでぇ!!?」

真っ青どころか真っ白な顔色でふらりと立ち上がる先生をどうにか落ち着かせることに成功した頃には、目覚めてから三十分が経過していた。別に死ぬほど嫌がらなくてもいいじゃないか、失礼な。そう思いはするけれど、人生におけるポリシー的なものかもしれないなとカラ松は考え直す。その人がなにに怒りを感じるかで判断しなさい、みたいな逸話なかっただろうか。かっこいいなと思ったけれどぼんやりとしか覚えていない。とにかくまあ、相手を尊重しろ自分の基準で考えるなという意味だった気がする。ふんわりと。
それでいうなら、松野先生にとってこれは死ぬほどつらい事態なんだろう。教師が元生徒、しかも男に手を出したことではなく、大人の男とヤってしまったという事実が。
勃ったんだから仕方ないだろ、と言っては泣いてしまいそうだしなんなら今も目がじんわりうるんでいるから、カラ松はかわいそうで追い打ちをかける気にもならない。こんな中年のおっさんがどうしてこうも哀れに思えるのか。中年のおっさんだからこそか。ぬれ落ち葉とかそういうアレか。
きっと先生はペドの自分に誇りを持っていたんだ。酒の勢いで成人男性を抱いてしまえた自分を信じられなくなるほどに。

「せんせ、大丈夫だ。俺がついてる!」

カラ松は本当に弱い。
友人がへこんでいたら慰めるし顔見知りが元気なかったら励ますし通りすがりに暗い顔をした相手には手を振ってみたりする。落ち込んだ相手にすぐ同情して力になろうとしてそのまま恋人になったりするし、わりと尽くすし、どうにも振りまわされて最後は振られてお人好しすぎると友人に飲み会を開催されるまでがルーティンになっていたりもするくらいに。
こういう空気に、存在に、弱くて弱くてどうしようもない。
だから。

「俺がちゃんと、責任とるから!」

先生が立派なペドに戻れるように全力をつくそう。

「え、なんで松野が……? いや責任は俺、え、あれ??」
「大船に乗った気で任せてくれ!!」

 

◆◆◆

 

「とりあえず言いたいことは、なんでまず僕に聞きに来たってことだよね」
「チョロ松はオタクだからそういうのに詳しいっておそ松が」
「なるほどあいつぶちのめす」

壁全面を覆う本棚にぎっしりと詰められた薄い冊子と並べられた人形、天井一面のポスターに圧迫されながらカラ松は賄賂のポテトチップスと割箸を差し出す。海苔塩渡しときゃ確実だって、あと割箸忘れんなよ。さすが幼馴染は伊達じゃない、チョロ松の好みドストレートだったらしい差し入れは賄賂としての役目を十分果たした。

「まあいいや。で、なんだっけ。ペドの知り合いを矯正したいの?」
「いや、ペドに戻してやりたいんだ」
「……おまえの話につきあうとほんっと疲れるし時間かかるし困るんだよな。つっこみたくないから簡潔に説明して」
「相手は幼い子供が好きでな、まあペドなんだけど無理強いとかしないし犯罪もしてないと思う。とりあえず今のところ職についてるしあくまでも趣味に留めてるんだと、思う。本人もそんな自分が嫌いじゃないみたいだし、俺としてはそのまま平和に生きてくれたらいいなと思ってるんだ」

かわいいね、と猫を撫でる手そのままのさわりかたでカラ松の背中をくすぐった大きな手の平を覚えている。膝小僧をすりむいた時、太ももに置かれた手はじわじわと熱を伝えてきた。じっとり濡れた感触はどちらの汗だったんだろう。頭を撫でてくれた時は兄のようだと思った。けれどその後、小指が耳をくすぐったのはひどく頬を熱くしたし、赤くなったカラ松を見た先生の笑い声は兄の物でも教師の物でもなかった。

「ただこの間、ついヤッてしまって」
「またかよ!」
「そんな言い方しなくても……」
「いやいやいやおまえ今の恋人だって顔見知りとうっかりヤッちゃってつきあうことになった~、ってふわふわしてたじゃん。その前の恋人と別れたのは誰だったかとついヤッたからだし、その前も」

立て板に水とばかりにチョロ松に責められカラ松は慌てて白旗を振る。別に気が多いわけでも浮気性なわけでもないが、ついうっかりで寝てそのまま恋人になるパターンが確かに多い。それを真面目なチョロ松が心配してくれていることを知ってはいるが、お説教が始まってしまえば相談がうやむやになってしまいそうだ。

「ごめんなさい今回はうっかりじゃなくてちょっと狙ってました! あともう別れたから今は恋人いません!!」
「……は?」

怒られる原因を避けたつもりがなぜか失敗したらしい。ふわふわと流されたんじゃないという主張のつもりがどうもカラ松の伝えたい部分ではないところがピックアップされて伝わっている。

「ますます意味わかんない。ペドの知り合いを落とすつもりで狙って一発ヤッて、なんで相手をまたペドらせたいの。おまえ自分がどんなかわかってんの? ふっつーに平均的な成人男性だよ?? なんなら鍛えてる分筋肉だし顔も童顔とか全然ないよ???」
「ああ、うん。俺も自分が子供っぽいとか幼い顔とか思ったことはないな」
「いばらの道をいく俺カッコイー的なあれなの? 逆境にも負けない俺、って。バッカだろ、バカじゃねーのおまえ。なんでそう幸せになれない道をいっちゃうわけほんと大バカすぎてケツ毛燃えるわ」
「え、あ、いや……すまないチョロ松のケツ毛にはあまり興味がない……」
「誰もそんなこと言ってねーだろ!!!」

ぷんすかと怒られるがチョロ松の言うことはどうにも難しくてカラ松にはよくわからない。心配してくれているのは伝わってきたのでそれでいいと思っている。

「うーん……どう言ったらいいのか。ちょっと狙ってたって言ったろ? 男の子が平気なことは知ってたんで、男もいけるんじゃないか、ヤッてしまえば俺とでもつきあってくれるんじゃないかなとは思ってたんだ」

あの頃。カラ松の背が低く手も足もか細く声変わりすらまだだった十四歳の頃。
それでも女の子とはまるで違う棒のような身体を撫でさすり口づけた先生は確実に性欲を向けていた。カラ松に。深爪ぎみの指先を舐め、靴ずれのあるかかとを撫で、未発達な身体のあちこちに唇でふれた。皮膚が薄いねと笑って歯をたてる先生に、子供扱いされているのが嫌でふくれっ面を見せていたのだ。
あの頃は子供だからいけないのだと思っていた。カラ松が子供だから、なにも知らない子供だから。だから先生はいくら好きだと告げても笑うばかりで好きと返してくれないし、恋人だと主張させてくれないのだと。おまえは俺を犯罪者にしたいの。呆れたようにため息をついて、頭を撫でながら諭されるのが好きだった。大きくなれば、大人になればいいんだよと言われているようで。

大きくなった今ならわかる。先生にはそんなつもりまったくなかった。
子供だから手を出した。恋に恋する、憧れを恋だと勘違いして思いこむ、そんな単純な子供だから甘やかしてそのままにした。たぶん先生にとってカラ松は、それはもう笑ってしまうほど簡単な相手だったろう。カモネギというやつか。勝手に好きだと近づいてきたから暇つぶしにちょっと手を出して、成長して好みじゃなくなったからさようなら。わかりやすい。

「本人がどう思ってるかは聞いたことなかったけど、小さい子供が性的に好きってどう贔屓目に言ってもアウトだろ。たぶんこれからも世間的に認められにくい性癖だと思うし。だから、俺もいけるなら訴えられることなく性欲解消あっちもこっちもラッキーハッピーでウィンウィンかなって」
「僕おまえのそういう力任せに前向きなとこ割と好きだわ」
「サンキューチョロ松! 俺もおまえのそういう素直に褒めてくれるとこ愛してるぜ!!」
「ごめん愛まではちょっと」

血の気の引いた真っ白な顔。最低だと嘆いていたかすれた声。あの頃向けてくれていたのは好意に満ちた笑顔だったのに。

「……だけど、ダメだったんだ」

カラ松はこれまで、ほとんどまず身体からはいって恋人になった。女性相手は違うが、男は百パーセントまず寝た。セックスして、情が湧いて、だからおつきあい。
わりと身体は褒められるし、テクニックもなくはないみたいだし、タチは未経験だけれど先生はカラ松につっこめたんだからなんの問題もない。と、思っていた。
先生が目覚めるまで、そう思っていたのだ。

「ものすごくショック受けててな、真っ青で、死のうとして」
「大袈裟すぎない? おまえが女役でしょ」
「対象外のごつくてむさいでかい男がチョロ松をむりやり勃たせて尻につっこませるんだ」
「ごめんちょっとそれは……僕の尻は無事だけど精神的にちょっと……いやでもカラ松だろ、それくらいなら」
「そもそもの性的嗜好が子供だからな、俺なんかボブサップみたいなもんだろ。これまで大丈夫だったからいけるいける、ってやっちゃったのほんと申し訳なかったなって反省したんだ」

カラ松は先生が憎いわけじゃない。苦しめたくもないし、嫌ってもいない。
確かに中学生のカラ松は先生に好かれていた。単に性欲発散のためのイタズラではなく、懐いてくる生徒に対する以上の感情を向けられていた。それを疑ったことはない。今も、昔も。先生は確かに優しかったし、ひどいことは一度もされなかったし、カラ松の意見を必ず聞いてくれた。まあ今思えば子供相手ということで確実に犯罪以外の何物でもないのだが。

「ところで反省までは理解できたんだけど、それでペドに戻すってなんなの。戻すもなにも最初からペドなんだろ相手」
「だって先生、子供しか抱きたくないのに俺とヤれたから死にそうになってたんだ。勘違いだって言ってやろうにも事後以外の何物でもない状況すぎて、俺もうまくごまかしてやれなくて。大人の男相手にちんこ勃つなんてありえない俺は子供を愛している自分に誇りを持ってる、てタイプみたいなのにセックス真っ最中のことフラバって発狂してた」
「なにそれ地獄か」
「酒の勢いってすごいよなぁ」

のりのりでカラ松を抱いた記憶を思い出した時は窓から身投げしようとしていた。カラ松が力持ちでよかった。

「いやいや先生ってのが地獄。知り合いって職業聖職かよ。それでペドって終わってるな」
「あれ、言ったっけ」
「今ぺろっとね。もしかしてあれ? おまえ児ポ野郎にイタズラされた被害者?」
「いや、進んで餌食になりに行ったからできれば先生を責めないでほしい」
「なんだよ好きだからってかばうとかそういうことするからおまえは恋人にすーぐ侮られるんだからな!」
「かばうというか、先生はメンタルが弱めだからすぐ死のうとするっていうかかわいそうだし……」

カラ松を抱いてしまったと泣くいい年齢の大人の男がどうしようもなくかわいいと思ってしまったのだ。これは力になるしかない。子供しか愛したくない、子供にだけ勃つ人間でいたいと言うなら協力しよう。カラ松で勃つのはうれしいしじゃあもう俺とつきあっちゃえばいいんじゃないかと思うけれど、本当はあの日そう言いたかったんだけれど、でも。

「なあチョロ松、子供にしか勃たないようにってどうしたらいいんだろうな」
「あまりに難題だよね」

カラ松は先生が憎いわけじゃない。苦しめたくもないし、嫌ってもいない。
初恋で。
先生からの気持ちがなくなってしまった今だってずっと、別にそれで恨むとかはない。恋は永遠じゃない。好きはずっと続かない。そんなのあたりまえだから、カラ松だって何度も恋をしてきた。別の人と。だけど。
同窓会で偶然再会して、やっぱり好きなタイプだと思ったから下心込みで抜けだそうと誘って、二人で飲みなおしたのは酔いの勢いでどうにかなるかもしれないと思ったからだ。ヤッてしまえばどうにでもなると慢心していたからだ。
あんなに嫌がられるなんて思わなかった。
チョロ松にも褒められた自慢の前向きな考え方が、なんだか違う方向ばかり向きそうでカラ松は少しだけため息をついた。これまで通りなら簡単だったのに。
子供に戻れないならどうがんばればいいだろうか。

 

◆◆◆

 

マグカップを渡されて礼を言うと、別にだかなんだかもごもごと口の中であちこち動いた言葉はそのまま先生ののどの奥に飲み込まれてしまった。こんな人だったかなぁと思う。保健室の先生は、大人で落ち着いていてカラ松をからかっては口元を歪める、そんな人だった。余裕気でなんでもわかっていて困る事なんてなにもない。
今目の前にいるのはまるで違う。

「一松せんせ明日休みだろ。泊まってもいいか?」
「っ、いや、出るから。出勤、だから」

名前で呼ぶたび肩が跳ねるのがおかしくもかわいいものだからついつい口にしてしまう。視線をおろおろ彷徨わせて言葉を探しているのがかわいそうでかわいい。

「日曜なのに? 大変だな」
「バスケ部の試合が学校であるからね。待機しとかないとうるさいんだ」
「懐かしいな。なあ、部外者も応援って行ってかまわないか?」
「えっ、いや、ダメ。たぶん」

顔を合わせる回数が増えるたび、一松が動揺するキーワードがわかってきた。
名前と、バスケ部やクラス、中学の同級生の名前。つまりはカラ松の中学時代を思い出させる言葉。カラ松が何気なく口にするたび肩を跳ねさせるくせに、自分からは平気なのか共通の思い出話はふってくるのだから面倒だ。あの頃のおまえはかわいかったなんて言われても困る。まさに今、かわいく思われるようにがんばっているところなので。

一松をペドに戻してやらなければと使命感を持ってチョロ松に相談した日、結局いい案は出なかった。それはそうだろう。通常ならそういった特殊な性癖になりたいなどということは考えない。なるんじゃない、気づいたらなってるんだ。僕もにゃーちゃんのファンになった時はそうだったからね。きりりとチョロ松が言いきった時は思わず拍手を送ったが、だからといって解決策があるかと言われればさっぱり思いつかない。
ペドは子供が性欲の対象。一松はカラ松で勃起したことがある。じゃあおまえが子供っぽく振舞ってその犯罪者センセの境界線薄くしちゃえば、と言ったのはおそ松だ。結局二人ではいい案が思いつかなかったため無理やり呼んだおそ松は、ひとしきり腹を抱えて笑い転げてからへらりとそう述べた。犯罪者センセはあれだろ、大人のカラ松に興奮してる自分に耐えられないって感じなんだろ、じゃあカラ松は自分の好きな子供に近いから大丈夫って思わせてやればいいじゃん。そしたらカラ松はセンセと仲良くやれるしセンセは犯罪じゃなくなるしウィンウィンじゃね?
天才かと思った。とりあえず学食一週間分のチケットを進呈し、なんでそんな犯罪者がいいのか俺にはわっかんねーけどという発言は無視しておいた。カラ松だってわからない。過去のことはおいておくとしても、単なるよれたおっさんだなと思うのだ。実際のところ。隈はひどいし白い肌といえば聞こえはいいが単に不健康なだけだしぼさぼさした髪の毛にこの間白髪を発見した。目つきも悪い人相も悪い姿勢も悪い、人見知りで身なりに構わなくてネガティブ。

「……でも、なんかかわいいんだよなぁ」

興味のない素振りをしながら横目でちらちらこちらをうかがうところとか、ぎざついた歯で爪を無意識に噛んでいるのとか、近づけば逃げるくせにじっとしていればじりじり寄ってきて、体温が感じられるくらい傍で膝を抱えて座るところとか。猫か。警戒心の強い猫だ。
ほら、興味あるならもっと近くで見たらいい。硬い筋肉は、骨っぽくてたくましい肩は、大人の男にしか見えない部分はきちんと隠してある。ムダ毛なんてないつるりとした肌、カラ松の身体の中で唯一やわらかい太もも、太い首との対比で華奢に見える鎖骨。見てほしいところはわかりやすく露出してるんだから、どれだけ視線をやっても責めないのに。

「なに」
「んー、いや、そろそろ帰る」

わざとらしく袖を伸ばして指先だけ出した両手を揃え、一松の前に出してみる。

「? 爪、伸びてきてるね」
「……帰ったら切る」

手を引いて起こしてほしかったのだけれど失敗だった。萌え袖でかわいい子供っぽい仕草を心掛けろ、という二人からの指示を忠実に守ってはいるもののあまりうまくはいっていない。袖は冬でもめくっておきたい暑がりのカラ松には正直萌え袖とやらの良さがわからないが、チョロ松が基本だと言うならそうなんだろう。
名前で呼んで、タメ口で話して、用もないのに家に遊びに来る程度には仲良くなった。ラインもするし、電話もたまに。先生の部屋にはカラ松専用のマグカップと歯ブラシと箸がある。ここまでとんとん拍子に上手くきたからこそ、この後どうしていいのかがわからない。だって普通こんな状態なら手のひとつやふたつ出すだろう。初めてならまだしも酔った勢いといえ一度はセックスした仲だ。カラ松としてはいつがばりと来ていただいてもオッケーな状態で遊びに来ているのに。処理も準備も任せろバリバリー、なのに。

「あ、そうだせんせ。これ好きそうだなって買っておいたんだ」

ええとなにか渡す時は両手で持って小首をかしげる。あざといってわかっててもきゅんきゅんくるんだよ勘弁してよにゃーちゃん! 叫びだしたチョロ松をさっくり放置したおそ松も、かわいいは作れるってんだしペドいも作ろうぜカラ松! と応援してくれていた。首が痛いのかな、レベルでかしげまくっているのだが先生はときめいてくれているんだろうか。

「……いや、こないだもくれたでしょ。別にそういうのいらないんで」
「なぜだ? 今回のはレビューでも絶賛の嵐でな」
「だから子供服の作り方とか知らなくてもいいんで! 幼稚園で一目置かれる☆かわいいおよばれ服、とか作る可能性すらないんで!!!」
「すごくかわいいモデルさんだったんだ……せんせ好きかなって」
「いや何度も言うけど俺はロリコンでもショタコンでもないから! 妙な気回さなくっていいんだって!!」
「うん、大丈夫だ。俺に任せておいてくれ! もう少し年上だな?」

一松は女の子限定でも男の子限定でもない両方いけるペドフィリアだろ、知ってるぞ。あと上限年齢は声変わりするまで。きちんと肯定することで信頼感を育てようとカラ松が誠実に肯けば、伝わってる気がしないとぽつりとこぼされる。
なぜだ。きちんとカラ松は理解している。一松は子供が性的に好きで、中学生の時のカラ松に手を出す程度には好みで、大人になったカラ松と酒の勢いでセックスして死にたいくらい後悔している。正しく理解しているんだ。

「一松せんせをちゃんと元の道に戻してやるから!」

大人になど酔ってもけして手がでないような立派なペドに。
だからまあ追加で、カラ松のことも子供みたいだないけるな、程度に含めてみてはくれないだろうか。努力くらいは許してほしい。もう少しだけ。