理由はまだ知らない

ぐに、と無遠慮に揉まれて思わず悲鳴をあげると、一松はパッと両手を挙げた。

「ごめん。あの、痛かった?」
「いや、その、すまないつい声が。……もう少しそっと、頼む」

うん、と生真面目な声と共にそろりと胸に触れる手の感触に、なんでこんなことになったんだったかとカラ松は遠い目をした。

 

◆◆◆

 

とりあえず元凶ははデカパン博士であった。
おっぱいが出なくて悩むお母さんや六つ子達の母松代のように人数が多すぎて一人で賄えないお母さん、そんな本人の努力ではどうにもできない女性達のため立ちあがるデカパンラボ。崇高な意志のもと発明された薬の治験をお願いされたカラ松は、それはもうあっさり頷いた。もちろんバイト代も魅力的であったが、怪我の危険性のない治験と女性を助けるという言葉に胸躍らせたためでもある。

「常々考えていたダス、なんで母親しかおっぱいが出せないのか。子供は夫婦二人で生み育てていくものなのに、食事という一番大切な行為が母親のみに委託されるのは」

ミルク使えばいいんじゃないかな、でもお金がかかるのか、お金がかかるのはダメだな。程度の認識のカラ松は、熱く語っている博士の言葉を適当に聞き流した。

「とりあえず、俺からおっぱいがでるんだな?」
「そうダス。さっき飲んでもらった薬が体内に作用して作られるんダス。ちょっと揉んでみてほしいダス」

見た目は普段と変わりない平たい胸をぐいぐいこねると、乳首にじわりと水分が滲んだ。なにやら薄い紙のようなものに吸い込ませて調べると、デカパン博士はガックリと肩を落とした。

「ダメダス……この成分は牛乳ダス……人間の赤ちゃんには合わないダス……」

初めておっぱいと牛乳の成分が違うと知ったカラ松は、とりあえず失意のデカパンを慰めた。男の乳首から牛乳を出しただけでもすごいのだから気にやむことはない。次は成分を変えればいいだけだ!
最終的に失敗は成功の母ダスとやる気を取り戻した博士と別れ、注意された通りこっそり乳を絞りきり、それでこの治験はお終いのはずだった。
はずだった、のだが。
妙に胸から腹にかけてが冷たいな、と目覚めたカラ松のパジャマはびしょ濡れだった。

「ひっぐ??」

しっかり絞りきらないと勝手に胸から乳が出るダス、とホエホエ注意されたことを思い出しとりあえず拭こうとして、あまりの痛みに知らず声が出る。
なんだか気恥ずかしくて周囲を見渡せば、ニートの割にアクティブな兄弟はとっくに起き出しているようで、布団にはカラ松だけだ。
とにかくパジャマを脱いで確認すれば、妙に胸が硬く、熱を持っていて、軽く触れただけで痛くてたまらない。乳首からはじんわり水分が出てくるので、やはり昨日絞りきれなかったのだろう。痛くてたまらないけれどこのままでは服を着ることさえできないので、カラ松はそっと胸を揉んでみた。

「い、痛い……世のマミー達は皆こんな試練を……母の愛は偉大だぜ」

出し切れば治る、出し切ればおしまい。必死に心の中で唱えながら乳を絞るカラ松は、痛みのあまり背後の気配にまったく気づいていなかった。

「あんたなんでおっぱいでてんの……??  え、やっぱり聖母だから処女受胎!!!??」
「いいいいいいちまつぅぅぅ!!?」

部屋に入ったら兄が乳を絞っていた、のは真面目で気難しいところのある弟にどんなトラウマを植え付けてしまうのか。これ以上弟の闇を深めてはいけないと、カラ松は必死に説明した。

「……全部搾りきればいいの?」
「そうだ! だからちょっと見ないふりしといてくれればすぐいつものクールな兄に」
「じゃあ俺がやる」

なにがじゃあであったのか。目の前に座っているのは無表情の四男で、カラ松にちょっとあたりの強い一松で、ええとなにがじゃあで俺がやる???
ぽかんと口を開きフリーズするカラ松の胸に手をやった一松に悲鳴をあげて、冒頭に至る。

 

◆◆◆

 

揉む、というよりもいっそ撫でると言うべき優しさで一松の手が肌の上を滑る。

「なんか硬くない? あと熱いし」
「作られた乳が体内に留まりすぎると腫れるらしい。だから自分で絞って出せと言われてな」
「乳首開発してたの」
「してない! してるわけない!!」

軽くふにふにと指先で押され、また乳首からじんわり液体が出る。観察するようにじっと乳首を見ていた一松が、唐突に口をつけちゅっと吸った。

「ふっ、わ!??」
「痛い?」
「痛くはない、があの、な、なんで吸うんだ……?」
「赤ん坊が吸う用なんでしょ。だからこうするのが一番早くなくなるかなって」

なんか手はいいんだけど口はまずくないか、とカラ松の脳内はフワフワながら警戒音を出したが、医療行為だよという一松の言葉にそうかなるほどと流された。

「たぶんあんた乳腺がまだ少ししか開通してない。だからこんなちょっとずつしか出ないんだよ」
「にゅうせん? がかいつう?? はどうしたらいいんだ」
「地道にマッサージ」
「なるほど! それにしても一松は詳しいな」
「俺の赤ちゃんプレイへの情熱なめないでくれます? 言っとくけどそのへんの初心者赤ん坊よか詳しいからね」
「な、なるほどぉ……???」

なんだか不穏な単語が聞こえた気もしたが、ゆっくりと撫でさする手がとても優しかったのでカラ松は考えるのをやめた。
きゅ、と手の平で胸を押され指先がゆっくりと乳首に向かって撫でさすられる。硬く凝り固まった乳をほぐすようにふるふる揺らされ、カラ松はぐぅと息をつめた。そんな意図は一松にないとわかっていても、なんだか焦らされているような気持ちになる。
いや待て。焦らすってなんだ。胸全体を手の平で包むように揉んでいるのはマッサージで、指がするする撫でるのは乳が固まっているのをほぐして流すためで、焦らすとかそんなまるでカラ松がなにかを期待しているみたいな。

「っあ、んん」

少し強めに乳首をつままれて背中が跳ねる。予想外の部分が快感を拾ってしまい、罪悪感で泣きそうになった。一松はこんなに真面目に対応してくれてるのにどうして。
声ににじむあからさまな喜色に気づいたのか、一松の手もぴたりと止まった。

「……痛くは、ない?」

質問ではなく確認。痛いどころか気持ちいいです、とはもちろん告げられないのでカラ松はせめてもと頷いた。なんだかんだ言ってこの弟は優しいのだ。なんせ兄がいきなり母乳、いや父乳か、をだしてもこうして受け入れ協力してくれる。カラ松に触れる手はどこまでも優しい。

「ほらここわかる? ちょっと白いのがついてるでしょ。これがおっぱいでる穴つまらせてるやつね」

薬のせいか揉んだためか、常よりぷっくり膨らみ大きくなった乳首を一松は再度指でつまんだ。言われてみれば確かに、白いゴミのようなものがいくつか見える。きちんと洗えていない、と自覚してカラ松は羞恥のあまり泣きたくなった。そりゃ乳首なんて意識して洗ったことはない。けれどこんなに明るい部屋で昼間から一松に至近距離で見られるなら、もう少しなんとか。

「うう、すまないブラザー。ちょっとタオルででも拭いてくる」
「は? なんのために」

だって汚れてるだろ、と続けるつもりだったカラ松はひゅっと息を飲んだ。ぱちんと手で口をふさぐ。
濡れた感触。ちゅ、と軽く吸われてはいいこいいこと撫でるように舌で転がされまた吸われる。胸は手の平でやわやわと揉まれ、空いた片手はあやすようにカラ松の目尻を撫でた。
声が。情けない声が出てしまう。
一松の舌がぬるりと乳輪を撫で、ぽちりととびだした乳首の根元を探るようになぞる。胸を掻き毟りたいようなむずがゆさが襲ってきて無意識に身を引けば、咎めるように軽く噛まれた。
乳首にこすりつけるように舌が動き、何度もちゅっちゅと吸われ、たまに甘く歯が立てられる。一松の薄い唇はもごもご動いているだけだったが、その口内の複雑な動きはカラ松の乳首が余すところなく感じた。
感じて、しまった。

「よし。詰まりとれたよ」

見てみな、と乳首がきゅいと上を向かされてまた背筋が震える。温かい口内から解放され冷たい空気と一松の呼吸に震えるそこからは、ほたほたと滴るほどに乳が出てきていた。
母乳出る穴いくつもあるって聞いてたけとマジか、なんてしみじみ眺められてカラ松は本気で泣くと思った。だってもうなんだか、どうしていいかわからない。乳首を観察されて、穴がいくつもあるとか知りたくもなかった情報を、しかも弟から聞く。なんだこれ。こんなに混乱しているのに舐められた乳首から滴る液体はとまることなく、カラ松のズボンを濡らした。

「で、あんたなんで口押さえてんの」
「いやこれは罪深きエデンから飛びだす咆哮を堪えし獅子の」

かっこいいセリフを最後まで言えずにまた口をふさいだのは、一松がもう一度ぱくりと食いついたからだ。カラ松の乳首に。
そうだ。カラ松のだ。男の、兄の、吸っても舐めてもなにひとつ楽しくない、女性のもののようにふわふわでぽにょぽにょの膨らみもない真っ平らの。

「いや、これはこれで楽しいケド」

真顔で問うてみれば怪訝そうに返される。え、本気でどうした一松。これはおまえの兄の乳だぞ。

「揉める程度にはあるし、乳首立ってるし、乳は牛乳だからかミルクくさいし」
「く、くさい??」
「嫌じゃないんで」

きゅうと押さえられた乳首から勢いよく乳が飛びだし一松の口に受け止められる。こくんと飲み込む音がして、一松ののどがくっと動いた。

「ほら、こんなペースじゃ終わらないよ」

全部飲んでやるから、と囁く声にどうしてかカラ松の腰がしびれた。

 

◆◆◆

 

舐めて吸って揉んで噛んで、びゅくびゅくと口内に溢れる牛乳を飲み干せばカラ松は熱い息を吐いた。
膝立ちの脚は震え、一松の肩をつかんでいなければとっくに崩れ落ちていただろう。口を押さえるより身体を支えることを優先したため、はふはふと喘ぎ声に似た呼吸は隠されることなく室内に充満している。

「ふ、ぅう…いちま、つ…っ、そっち、やだっ」
「垂れてくんだから仕方ないじゃん」

連動しているのか触れられないのがせつないのか、吸っている乳首とは違う方からぽたぽた垂れる雫を舐めとると大げさに身体を跳ねさせる。

「こっちの胸だいぶ柔らかくなったね。……乳首もでかくなってるけど」
「う、うそだ!」
「は?? なんで嘘つかねーといけないんだよ。ほら、こんなに揉めるじゃん」

熱をもちカチカチに腫れていた右胸をくにくにともんでやれば、カラ松は目を丸くして痛くないと呟いた。そのために実兄相手に授乳プレイもどきをしたというのに、どうにもこの兄は感謝の心が足りない。まるで一松が好き好んで乳首を吸って、カラ松は被害者のような態度だ。
楽しくなかったといえば嘘になるけれど、別に男の乳首を弄り倒す趣味はない。

「いちまつ、ありがとう……でも乳首は大きくなってないよな??」

ほろり、とカラ松の少し垂れた目尻から涙がこぼれ落ちた。
頬も耳も首もうなじも赤く染めて、熱っぽい湯だった顔をして。きつく噛んだのか歯型にくぼんだ唇。ちろりと見えた舌は水っぽい口内でちゅくりと音を立てた。

「きひ、いいじゃん母乳出しやすいよ、でかい方が」
「もう出さない! 絞りきったら出ないから!!」

よほど嫌だったのか叫ぶように否定するカラ松の乳首を再度口に含めば、ぐっと息をつめた音がした。口を開いていた方が楽だろうに、何度繰り返してもカラ松はまず口を閉じる。堪えるように肩を持つ手に力を込めるから、早く口を開かせるために一松はカラ松の乳首の穴をこじ開けるように舌先を突っ込んだ。くちくちと尖った舌先でつついて、唇で食むように挟み込んでからちゅっと吸う。乳輪全体に舌をべたりと貼りつけるようにして舐めてやれば、くぅんと犬のような声をカラ松は喉の奥で鳴らした。すぐに逃げを打つ腰に添えた手を、背骨に沿って撫で上げる。一松の手に誘導されるように背中が反り、もっと触れろと言わんばかりに目の前に乳首が晒される。ぷくりと膨らんで大きく、そのくせピンクでじんわり濡れている。ふるふる揺れているのはカラ松が震えているからで、でも恐怖からじゃないと一松は知っているから気にしない。

「ねえ、反対のおっぱいも吸ってください、って言って」
「え」
「おにいちゃんのだらしないおっぱい吸ってください、って言えよ」
「だ、だらしなくない…っ!」
「どこが。だっらだら乳零してんじゃん。じゃあはしたない我慢できないおっぱい?」

つい、と指でつつけば未だ母乳の溜まった胸は硬いままだった。痛みに顔をしかめるカラ松にねだってほしくて、一松はかぱりと口を開いた。

「いっぱい吸っていっぱい舐めて優しく噛んでほしくない? さっきみたいに楽になるけど」

俺、やってあげれるよ?
ふ、と意識して呼吸を胸元にあてればまた身震いする。こんな乳首でよくいままで生きてこれたものだ。服にこすれただけでも赤くなって涙目になりそうなものなのに。
舌を見せつけるようにべろりと出してやれば、支えたままの腰が震える。赤い胸元を滑り落ちる汗を舐め取れば、またカラ松は涙をこぼした。

「ほら。いやらしいおにいちゃんのはしたない乳首食べて、って」
「や、やだ! やだやだやだ」

ふるふると首を振る動きにつられて乳首もぷるぷると震える。濡れて光るピンク色の突起とかいやらしい以外の表現ないし、白い液体がじわりと滲んでぽたりと落ちるしそれが飲み物とかはしたないし卑猥だし、そんなのもう食べるしかない。

「やだ、だって違う。いちまつ」

カラ松がなにを拒んでいるのかわからず眉間にしわを寄せた一松に、弱々しい声は前提をつきつけた。

「医療行為って言った。そんな恥ずかしいこと言うの、違うだろ」

あくまで絞りきれなかった乳を出すための手伝いで、カラ松から母乳が出るのは赤ちゃんプレイのためでなく世のお母さん方のための崇高なる実験で、別に本当は一松の手を借りる予定ではなくて。
なくて。
て。
で。
なんで実の兄に、同い年の男に、クソ松に、ねだらせたいとか馬鹿みたいなことを。
がつんと脳に衝撃が走って全身がかっと熱くなった。急に口内が乾いて上手く口が動かない。

「あの、でもな一松」

カラ松の両手が一松の頭を抱きかかえるようにするりと動く。ぼさついた髪の毛をすいて後頭部をゆっくり撫でる。そのままじわりと力が込められた。

「吸ってない方つらいし、あの、おまえさえよかったら」

鼻先にミルクの香り。

「こっちの…お、おっぱいも、吸ってくれ!」

一松の口の端にひっかかるように押しつけられているのは、紛う事なくカラ松の乳首だ。

「……拒否ってたじゃん。いいの?」
「ちが、えっちな言い方が嫌だっただけで。あの……おまえ上手いし」

上手い、し!!!??
目の前の男は、自分の乳首を自ら一松の口に押しつけながら童貞相手に乳首舐めのテクを褒めているわけだがこれはもうどうしたら。
いや舐めじゃない。母乳出しの技術だ。それもどうだ。どっちにしろカラ松の脚は震え身体は一松に寄りかかって今は頭を抱きしめている。そしておっぱいを吸えと請われている。
たかが片方の胸を舐められただけでこんな風になるなんて、本当に大丈夫なのか。脳内お花畑にも程がないか。それとも身体が快楽に弱いとかそういう。なにそれエロい。

「いちまつ」

じゃあもっと気持ちいいことしてやったらこいつどんな風になるの。とりあえず残った胸を舐めて、その後。

「い、いちまつ」

はふはふ荒くしてた息だけじゃなく、必死で堪えてた声もだしたりして。低くて男らしい声だけどそういう時はどんな風に響くんだろう。甘えるみたいに舌ったらずになったりとか? さっきのやだやだみたいに子供っぽくなるかもしれない。真っ赤な顔でとろけた目で甘ったるい声で、一松のことを呼んで。

「一松!」
「ぅふぇっ??」

そうだこんな風に涙目で必死に。

「ごめん、おまえそんなつもりじゃないの知ってるんだけどわかってるんだけど、あの、は、はしたないお兄ちゃんのおっぱいにいろいろするのは一松がいいんだ…っ!」

とりあえず抱きしめてカラ松との距離をゼロにしてみたけれど、こんなに顔が熱いのも口角がゆがんで上に向かうのも男の乳首を舐めたのも、理由は全部同じで、だけどまだ知らないことにした。