リベンジプロポーズ - 1/6

唐突に聞いちゃうけど天国から地獄へ叩き落とされた経験はあるだろうか。え、ないの。へーそりゃようござんした。僕? 僕はあるよ。もう今まさにそれ。幸せの絶頂からの血の池針山ジェットコースター。高低差で耳がどうにかなるんだっけ、あんまりお笑い詳しくないからどうなんだか知らないけど。

「え」

あんまり衝撃強いと言葉がでないよね。なんでとかどうしてとか言いたいことは山ほどあるのに口が動かない。声がでない、の前にもう口が開かないからね。最後に言った「て」の形のままの口から出る音はそりゃもう「え」だよ。母音だよ。それしか出せないんだってだから口が。

「え」

壊れたオモチャレベルで同じことしか言えない僕をちらりと見て、カラ松はもう一度繰り返した。おまえのそういうとこ親切だけど超嫌い。いや普段ならいいんだけど本当勘弁してくれ。
だって僕がさっき言ったのってさ、結婚して、だよ。

「今のおまえとは結婚できない」

プロポーズをきっぱり断った恋人は、愕然としてる僕にちょっとだけ困った顔をして付け加えた。あ、その顔シコい。かわいい。じゃねーよ!

「……つきあう時に、約束したから」

誰と!!!!???

 

◆◆◆

 

「ちょっともう闇松兄さんいいかげんにしてよ~」

キノコでも栽培してんの、なんて末っ子のつっこみにいつもなら乗ってやれるけど今は無理。いやもう一生無理。だってカラ松が僕と結婚しないって言った。僕はもうここで死ぬ。松野家の居間の片隅でミイラになってカラ松にとりつくしか望みがない。

「いやミイラってとりつくやつじゃないし! 死体処理だし! てゆーかあんだけラブラブだったくせになんで断られてんの!?」
「……そんなの俺が知りたい……」
「ちょっと泣かないでってば調子狂うな~。あれじゃないの? また照れて適当な感じだしちゃったんじゃないの。なんだかんだカラ松兄さんロマンチストだからさぁ、夢見てたプロポーズとかあったんじゃない?」
「……海で夕日見ながら指輪渡した……バラの花束も用意した……」
「へーロマンチックだね、ってマジでそんなのやったの? 一松兄さんが!? わっざわざ海まで行ったの!!?」

信じらんない、って叫ばれても困る。そりゃ僕はプロポーズにそこまで夢見てないし正直そこらの公園でもなんならこの居間でも結婚しようと言うだけなら構わない。いつだって言いたかったし受け入れてくれるならどこでもよかった。でも相手はカラ松で、あいつはそりゃもうかっこつけたがりのロマンチストで案外夢見がちでふわふわしてやがるから、きっとプロポーズだってクッソダサい鳥肌たつくらいベタなのが好きだろうし。まあ僕がしたらどんなのでも結局肯いてくれるだろうしそれくらい聖母みあふるる恋人なんだけど、でも、ほら、やっぱり叶えてやりたいじゃないか恋人なら。真っ赤な顔して嬉しそうに笑ってほしいじゃないか。だから。

「断られてるけどね」
「うっせートッティ! 黙れトッティ!!」
「いいかげんトッティ言うのやめてよ! もうそーゆー年齢じゃないんだからね!!」

あだ名に年齢関係あるかよドライモンスターめ。
僕の傷を遠慮なしにぐりぐりえぐったトド松は、でも変だよねえと首をかしげた。

「カラ松兄さんさ、ちょっとどうかと思うくらい一松兄さんのこと好きだったじゃん」

だったとか過去形にすんな。べつに別れてないからな。ちょっとプロポーズ断られただけでちゃんと恋人だから。断られた後なにか言われるのイヤで逃げたけど、兄弟に戻ろうとか言われたら死ぬからあれ以降二人きりにならないようにしてるけど、だからまだ恋人のまんまだから!
つーかそうだよ、ラブラブでしたよ。あー自分で過去形にしちゃった。だって僕もまさか断られるとか想像もしてなかった。嬉しそうに笑って受け入れてくれて、式はどうするとか写真だけでいいよとか家族だけでささやかにお祝いしようよとか、そういうのをいちゃいちゃしながら話す気満々で。

「ドレスにしなよって俺が言ったら馬鹿なに言ってるんだ似合うわけないだろって言うからお揃いで色違いのタキシード着るんだけど初夜に俺だけしか見てないよカラ松兄さんのお嫁さん姿見たいよ見せてっておねだりしてドレス着てもらって恥ずかしがる顔堪能した後に半脱げで一発ベールとガーターストッキングだけ残して一発全部脱がせておまえが今身につけてるの結婚指輪だけだねって言いながらラブラブで一発して」
「黙って変態松兄さん」

一般的な夢を語ってみたのにゴミクズを見るような目で見られて納得がいかない。おまえに蔑まれてもそこまで萌えないんだよねぇ、やっぱあいつじゃないと。ほら、愛があるから。
愛が。

「……なんで断るんだよクソ松ぅぅぅぅぅ」
「だよねー。ニートだった頃ならまだしも一松兄さん一応就職したし。結婚っていっても籍は一緒なんだから要はプレイみたいなもんなのにね」

兄さんのクソ松呼び久々に聞いたよ、とか笑いごとじゃねえから。僕は恋人をクソ呼ばわりとかして喜ぶ性癖とかないから。どっちかっていうなら呼ばれたいし罵られたい方だから。
そうだよそもそもなんでコミュ障で猫と家族だけいたら充分の半引きこもりだった僕が就職したと思ってるの。あいつを養うためでしょ。カラ松の未来が欲しいから、ずっとずっと一緒に居たいから、死ぬ気でっていうか七割死んでたけどそれでも必死に職にありついたんだから。指輪だって花束だって皆に祝福される式だって、あいつが絶対そういうの好きだからなんとか稼いで。

「ていうかさ、約束って一生独身でいるーとかおそ松兄さんと言いあったとかそういうオチじゃないの」
「違った」
「あ、確認したんだ……」
「チョロ松兄さんでも十四松でもなかった」
「僕も違うからね!」
「あっそ」

まあ違うだろうと思いつつじろりとねめつければ即座に否定が返ってくる。そりゃこれだけ相談に乗っておいてトド松と約束したから~なんて言われたらおまえこそサイコパスだって話だ。針なんて代わりに飲んでやるから破棄しろそんな約束。

「もーうっとおしいなぁ! いっそ聞いちゃいなよカラ松兄さんに。誰と約束したのって」
「……どれだけねだっても教えてくれない」
「おねだりしちゃったんだ……一松兄さんってツン減ったよねほんと」

うるせえそもそも僕は恋人とはデレデレ甘々で過ごしたいタイプなのだ。つきあう前はそりゃ照れ隠しでちょっとぶっきらぼうに接したりもしたけれど、自分の恋人になんでツンツンしなきゃいけないんだ。しかも相手はカラ松だぞ。そりゃもう好き好き大好き~って顔してこっち甘やかしてくるんだぞ。甘えちゃうだろ仕方ないだろ世界の摂理だろ! あんなかわいいの相手にどうやったらツンとか発動できるんだよほんとこいつドライモンスターだな。

「うっわ理不尽。イッタイよね~……あー、もううっとおしい。じゃあもう諦めなよ。過去のことは教えてもらえない限りわかんないんだからさ、なんとか口説き落とすしかないじゃん」

聞きにいけないんだからさあ、と諭されてふと気づく。そうだ、聞けばいい。
あの時クソ松はなんて言ってた。つきあう時に約束した、と言っていたはずだ。あいつは僕とつきあうまで誰ともつきあったことなんてない新品だったんだから、つまりは僕とつきあいだす時のはず。
確かカラ松がストーカーにあって、それを撃退する過程で僕に惚れてくれて告白したらオッケーもらったんだ。あの時はぶっ殺すと思ってたけど恋のキューピッドだと思えばストーカーも許せる。いやカラ松に恐怖を与えたのは許せないけどあれがきっかけだし半殺しくらいでいいかもしれない。
結婚しないなんてふざけた約束を誰としたのか知らないけれど、あの時に行けばわかる。なんならそんな約束邪魔してやればいい。僕にはデカパン博士っていう力強い味方がいるじゃないか。
思い立ったが吉日、とばかりに立ちあがった僕に、そんなに上手くいく~? なんて言いつつ見送る姿勢のトド松はさすが兄のことをよくわかっている。そうだよ、止められたって止まるわけがない。僕が悪いならともかく意味のわからないクソみたいな約束であいつとの将来を諦めるとか、あっさりできるなら最初から血のつながった兄に手出したりしないだろう。
見てろよクソ松。意味のわかんねえ約束なんて破棄して一松様結婚してぇぇぇって言わせてやるからな!!!