こんなはずでいいです

ドサドサとベッドの上に並べられた代物に眩暈がした。

「一応この辺は用意したんだが、他に必要なもんあるか?」

勢いよく服を脱ぎ捨てた千空ちゃんが、下着一枚でご機嫌に問いかけてくる。おそろで買ったユニセックスな下着はよく似合ってるし、にこにこ笑う千空ちゃんは問答無用にかわいい。ラブラブの彼女の部屋でお互い下着一枚、これからいざ、って時に。
用意した、とアナルパールだのペニバンだの並べられた俺の気持ちを四百字詰め原稿用紙三枚以内で答えよ。

「……たくさん、用意してくれたんだね……」
「おう! テメーがどれ好きかわからなかったからな」

はにかむ千空ちゃんはかわいいけど褒めてない。ごめん、褒めてないんだ……そしてどれも好きじゃないんだよ。
ねえ、なんで俺が尻を使用済前提で話が進んでるの。そんな会話、これまで一言たりともしてないよね?
ローターやローションくらいなら、俺とするの前向きに考えてくれてたんだうれしいよ、って言えたんだけど。

「で、どれが使いてえ!? 俺としてはこれでかわいがってやれたらなって」
「待って。ちょっと落ち着く時間ちょうだい」

嬉々としてペニバンを指さされても、そんな大きいの入らないからね!? ここ入口じゃなくて出口! 一方通行!! つーかかわいがるってなに、俺が千空ちゃんをかわいいかわいいしたいんですけど!?

「ねえ色々聞きたいことはあるんだけどさ、今俺の尻が経験済の体で話し出したよね!? 一応疑問形とってたけど開発済みだろくらいの勢いだったよね? なんで??」
「そこまで決めつけてたつもりはねえが、芸能人様だしな。恋人もいたりいなかったり、つってただろ」
「芸能人でもお尻は未開発だよ!? 千空ちゃん一筋だよ!!」
「そいつはおありがてぇ」

俺の言葉に頬を緩める千空ちゃんはいつも通りかわいい。
ただ、千空ちゃん一筋に喜んでくれてるのか尻が未開発を喜んでくれてるのかわからない。

「こんなはずじゃなかった……かわいい彼女のお家でいちゃいちゃの予定だった……」
「いいじゃねえかイチャイチャ。しようぜ。とりあえずこの辺から始めるか」
「その前に話し合いを要求します」

だからエネマグラも下におろして。あと俺の尻の開発はいちゃいちゃに含めません。

 

◆◆◆

 

千空ちゃんは、俺が初恋で初彼で、つまり何をするのも初めてだと言っていた。
デートも手をつなぐのもキスも、そんなこと言われたらめちゃくちゃ大事にするじゃん。した。そりゃもう全部いい思い出になるように、メンタリストの全力を尽くさせていただきました。
かわいくてかっこよくて照れ屋で優しい、最強最高の俺の彼女ちゃん。セックスだってちゃんと段階踏んで、記念日に旅行とか行って…って考えてたんだけど。千空ちゃんから今日うち誰もいねえから来いよをされてしまったので来ちゃいましたね。……いやだって行くでしょ。来ねえのかよ、ってちょっと唇とがらせてほっぺ赤くて眉しかめて拗ねた口調で言われたらさ、考えてた予定とか放り出しちゃうでしょ実際。
セックスしない可能性も考えたけど、一大決心とばかりに誘われたら察するよね。ゴムはいつも持ってるから問題なし、千空ちゃんとしても慣れた我が家の方がリラックスできるのかもしれないし。
なんてのんきなことを考えていた一時間前の己に伝えたい。
千空ちゃんは、俺の尻に入れるあれこれを持ち歩けないから自分の家に招待してくれたのだと。
いや来るけど。わかっていても千空ちゃんが招いてくれたならおうちにお邪魔しないのはありえないけど。それはそれとして心の準備は必要というか、できればお尻には何も入れたくないというか。

「俺はね、千空ちゃんがゴイスー好きなわけ。大愛してる」

がんばれ俺。ペラペラよく動く口は今この時のためにある! なんとか俺の尻を守って!

「努力家で頑張り屋さんなキミの事、応援したいし俺と居る時はリラックスしてほしい。俺の前では気を張らなくてもいいし弱音も言ってほしい。千空ちゃんの安心できる存在になりたいんだ」

本心だから、つい熱がこもってしまう。初めての恋人だと笑う千空ちゃんには重すぎるだろう感情だから、見せたくなかったんだけどな。

「だからセックスも、俺の腕の中で安心して笑っててほしい。気持ちいいことだけしたいし千空ちゃんが嫌がることなんて絶対しない。優しくして甘やかして大好きってこと伝え合う、そういうのがいいなと思ってる」

いつも凛々しく顔を上げている千空ちゃんを、大切に腕の中に囲い込んで何もかもから守りたい。本当は。それを千空ちゃんが望んでないことを知っているからしないだけで、正直なとこ俺がなんでもするからおうちに閉じこもって研究しててほしいな、なんてこともたまに考えちゃうくらい。
だからせめて、セックスの時くらいはベッタベタに甘やかしてゲン♡ゲン♡ってとろとろふにゃふにゃな千空ちゃんに甘えられちゃったりして、などと夢見たりもしていたわけで。

「挿入怖いならしなくていいよ、全然。いちゃいちゃだけしてよう? それで、千空ちゃんもしてみたいなって興味でたらトライしたらいいんだから」

恋人ならセックスしなければ、セックスは挿入しなければ、なんてがんばろうとしてくれたんだろう。でも初めてだから怖くて、じゃあ俺に挿入すればいい、みたいな。突飛だけど、千空ちゃんは考えついてしまうだろうな……。
女の子は妊娠とかもあるしね、わからないでもない。だからといってペニバンで尻を掘るのはどうかと思うけど、とにかく俺と体をつなげようと考えてくれたんだろう。その気持ちはゴイスーうれしい。うれしいけど、俺の尻を活用しようと思いつかないでほしかった。

「無理して俺の入れなくてもいいよ、二人で気持ちよくなれたらそれがセックスだよ」

だからその尻を開発する気満々のラインナップは忘れて。
仁王立ちのままの千空ちゃんをそっと抱き寄せる。緊張をほぐすように肩や腕をゆっくり撫でれば、小さく震える肩。かわいい。大丈夫だよ、入れても入れなくても俺の愛に変わりはない。挿入だけがセックスじゃないんだから。怖いならいつまででもずっと待つよ。待てるよ。
まっすぐ伸びた背筋をゆるゆるたどり、腰骨に指を這わす。

「ゲン」
「うん、安心して? 痛いことも怖いこともしないか……ぎゃっっ!!」

首筋を唇でたどれば、ズボッと下着をずらされ思わず悲鳴を上げる。雰囲気! ねえ、脱がすにしてももう少し勢いを弱めてさぁ。

「あせんな。がっつくガキか、テメーは」

尻にひたりとあてられた指はひどく冷たい。

「なぁ、俺のこと好きで、安心してほしくて、優しくして甘やかしてしてえんだよな?」

何かを探すように俺の目を覗き込んでくる愛しい子に、精一杯の優しい顔を。誰より大切だよ。虚勢張って平気な顔するくせに、緊張しすぎて氷みたいな指先して。強がりで一生懸命なキミがどうしようもなく。

「気が合うな。俺もそう思ってんだ」
「うん、だから千空ちゃん」
「テメーを俺の手でめちゃくちゃにして、腕の中に囲い込んで、甘やかして大切にして俺だけのもんにしてえなって常々」
「……千空ちゃん? ちょっとニュアンスが」
「おありがてえことに、テメーは挿入しなくてもいいって言ったよな、ゲン」
「え、いや」
「二人の合意がありゃいいわけだろ。なぁ、俺はテメーに入れてえ。俺の手でよがってほしいんだ」
「こんなはずじゃなかった~!!」

どこで説得間違えちゃったんだろ。予定してる着地点に全然つかない。
初めてに怯える千空ちゃんをいつまででも待つよ♡愛だよ♡って話がいつの間にか俺がお尻に入れられてもオッケーに変わってる。無理強いするつもりないよ、と俺にしてもいいよ、は別物だと思うんだけどどうかな。

「なぁ、ゲン」

常より動かない表情。まだ冷たいままの指先。らしくない強引すぎる会話。

「ダメか。俺に……女に抱かれるのは、無理か。俺がテメーを、ゲン、俺だけのにしちまうのは」

いつだってまっすぐ前を見る強いまなざしが揺れている。俺に拒まれるのを恐れて、震えて、それでも欲しいと求めてくれているんだ。こんなにも一途に。
本当に、俺たち気が合うね。ねえ、俺も千空ちゃんを自分だけのものにしちゃえたらっていつでも。

「……こんなはずじゃなかった、か?」

抱かせろなんて言い出すこんな女とつきあったのは間違いだった、か。

 

 

 

ばっっっかじゃねえの。
目の前で恋人しょぼくれさせて何してんの。俺どうした。全身全霊かけて幸せにするって決めてたじゃん。別に尻にもの入れても死なない。でも千空ちゃんを悲しませたら死ぬ。俺の心が死ぬ。
じゃあすることなんてたったひとつ。

「こんなはずでいいです」
「ゲン?」
「……俺初めてだから優しくしてね」

花がほころぶように千空ちゃんが笑ったから、俺の選択は間違ってない。
ただ、人体についてもゴイスー詳しい彼女のおかげで俺が新たな扉を開いてしまったのはちょっと、まあ、こんなはずじゃなかった。