そろそろ別れよっか、と言ったとたん千空ちゃんは俺をブランケットに包み込みソファに座らせた。
ご丁寧にも目の前のテーブルにお手製コーラを置き、隣に座ってしっかり抱きしめようやく「よし」と頷く。
「今度はどうした。何が不満だ」
「いや不満とかじゃなくてさぁ。っていうか今度はってドイヒー」
「テメー、別れ話すんの何回目かわかってるか?」
確かに別れようと複数回伝えてるけど、それはその度千空ちゃんが別れない理由を出してくるからでしょ。
こちらとしては初回でオッケーしてもらえてたら「今度は」なんて言われなくていいんですけど~。不本意!
◆◆◆
そもそも千空ちゃんとおつきあいしちゃったのが、俺としては想定外だった。
石化して三千七百年後の原始の世界で、かわいい女の子が好きハーレムが夢って騒ぐ俺だってさすがに理解してる。この状況で誰かとおつきあい、なんてリームーだなって。
まず女の子が少ない。ジーマーで。石神村はそこまで偏ってないけど、復活組はバイヤーなほど男ばっかり。
競争率がゴイスーなうえ、そこ勝ち抜いても一緒に居られる可能性が低い相手って時点でアウト。村と帝国くらいの距離ならなんとかなっても、海を挟むとやっぱりね~。この大自然の中、なんだかんだ頼りになるのは傍に居てくれる存在だよね、ジーマーで。わかるわかる。ろくに連絡も取れない、今どこに居るかもわからない男なんて何の役にも立たない。イコール恋人として求められない。
遠距離が問題ならよく一緒に移動する相手から選べって? つまりそれ、コハクちゃんや杠ちゃん、ニッキーちゃん達ってことなんだけど。バイヤーすぎでしょ、さすがに俺だって他の男を好きな子に粉かけるのやだよ。
そういった諸々で、俺としてはおつきあいという行為を諦めていたわけ。まあもうちょっと復興して人数増えたらなんとかなるかも、とは思ってたけど。
だから千空ちゃんからおつきあいの提案を受けた時、きちんとお断りしようとした。
……つきあっちゃってるんですけどね、今。いや、ジーマーで断るつもりだったって! だってまず男じゃん千空ちゃん。俺、女の子とおつきあいしたいもん。
それがさ、まあ待てってダーッと並べてくんのよ。千空ちゃんの考える、つきあいのメリットとやらを。
「相手を女に限定するのは性行為をしたいからだろ、だがこの世界で妊娠出産はとんでもねえハイリスクだ。テメー、惚れた女をわざわざ危ない目にあわす趣味はねえな? つーことはコンドームができるまで性行為はできない。つまりそれまでは相手が男女どっちでもかまわねえってことだ」
自信満々に言い切られて、一理あるとは思ったよ。
確かに病院もろくにないこの世界で、いくら村では子ども産んでるって言っても実際に体験するのは怖い。死亡率とか何気に聞いちゃってるからさぁ。好きな子が俺とセックスしたせいで死ぬとか最悪でしょ。
俺が流されると思ったのか、千空ちゃんはここぞとばかりに攻めてきた。
曰く、俺に好きな相手ができるまででいいとか、特別なにかしなくていいこれまで通りの距離感でとか、恋人って思わせておいてくれたらいいとか。
それさぁ、つきあう意味なくない? これまでと何も変わらないなら今のままでいいでしょ。
っていうか俺がセックスしか恋人に求めてないみたいな言い方ドイヒーすぎ。そりゃペラペラのコウモリ男自称してるけど、非道キャラ売りはしてないんだよね。あと子どもできるのがバイヤーなんだから、そこ気をつけたらいいだけでしょ。挿入と射精だけがセックスじゃないよ。わかるかな、千空ちゃん。
だから頷け、了承しろとばかりに胸を張っているのは頭でっかちでなにもわかっちゃいない男の子だ。交渉ヘタクソにもほどがあるよね。仮にもおつきあいを申し込んでるのにこの態度。
あーあ。本当にわかってない。
性行為はあくまで子孫繁栄のため。それ以外の、コミュニケーションとしてのセックスなんて想像したこともないんだ、この子。
三千七百年起きたまま秒数かぞえ続けるメンタルの、人類全員まとめて救っちゃう予定のバイヤーな存在が。村の皆の人生を丸ごと抱え、ちっともこちらに分けてくれない千空ちゃんが。
俺を。石化前の話が通じる、ただそれだけの理由で傍に置いておきたいくらい自分が弱ってるってわかってない。
特別なにかしなくていい、これまで通りの距離感で、なんてキミの願ってることじゃん。俺がどこかへ行かないように、裏切らないようにおつきあいなんて言い出して。恋人なんて名前をつけて。傍に居てほしい、その一言でいいのに。協力してくれ、でいくらでも皆キミを助けるのに。
知らなかったんでしょ、親でも親友でもない相手との関係性につける名前を。
好意を抱いて一緒に過ごしたい相手にわざわざ特別な名前なんてつけないんだよ、皆。友人、仲間、そういうふわっとした輪に入れておけばいいのに。
だけど千空ちゃんは名前をつけようとした。
俺に恋愛感情なんて欠片も持ってないのに。男に性欲なんて抱けないくせに。親と親友以外にはそれしか知らないから「恋人」と名付けるため、おつきあいを申し込んできた。
それがあんまりにもかわいそうで愛らしかったから、俺はついオッケーしちゃったってわけ。
恋人以外の名称を知った時に、どんな顔しておつきあい解消をお願いしてくるのかも興味あったし。これまで通りならぶっちゃけ俺へのデメリットないもんね。
それがまさか、タイムマシンを作るなんてバイヤーな事言い出している現在まで続くとは考えもしなかったけど。
◆◆◆
「最近俺の帰りが遅かったのが不満か? 目途はついたから明日からは早く帰る」
「仕事だから仕方ないって! 疲れてるっぽかったから早く帰れるのはよかったけど」
「半分ずつって約束だったのに家事そっちにばっか負担かけてたのは申し訳ねえ」
「乾燥機とかロボット掃除機とかゴイスー家電揃えてくれてるから大丈夫よ」
見当違いの原因を一生懸命考えてる千空ちゃんには申し訳ないけど、ジーマーで不満とかじゃない。
正直、予想してたよりずっと千空ちゃんはいい恋人してくれてる。つきあい始めは戸惑いたどたどしかった言動も、今じゃハグも愛の言葉も思いのまま。……愛の言葉は嘘だな、ちょっと盛っちゃった。
いや、でもないだろうと覚悟してた恋人としての触れ合いがあったのは正直驚いたよね。
特別何かしなくていいって言ってたのどこの誰でしたっけ!? これまで通りって?? とかちょっと叫ぼうかと思った……初めてした時とか。え、勃つんだ……俺で? なんで??
せいぜいハグキス止まりだろうって気軽にひっついてたら大変な事になっちゃったんだけど、これは思春期の青少年を甘く見た俺も悪かったなと反省してる。あと千空ちゃんの知的好奇心を侮ってた。未知の事知るためなら男相手とか関係ないんだね……いつの間にかコンドームもできてて、恋人同士だから何の問題もないだろって言われたらそりゃ、ねえ。俺で勃つ千空ちゃんとかジーマーでおもしろいじゃん。乗っちゃうよね、このビッグウェーブに。
性行為しないから男同士で問題ないだろ、とか言ってたかわいい千空ちゃんはいつの間にやら知識を得ていっぱしの大人みたいな顔するようになっちゃった。昔はドイヒー作業の報酬だったコーラまでご機嫌取りに用意してくれてるんだよ。成長著しいよね、ブランケットぐるぐる巻きは意味わかんないけど。いやほんと、何これ。なんで俺こんなぐるぐる巻きにされてるの。
「千空ちゃん、俺カゼひいてないし寒くもないんだけど」
「おぅ、平熱だな」
こつんとおでこをひっつけて頷かれても、伝えたいことはそこじゃないんだよね~。包む必要ないって言いたいんだけど、ぎゅうぎゅう抱きしめてくる千空ちゃんの口元が緩んでるから困ってしまう。
こういうとこかわいいの、ゴイスーずるい。
男としてどうこうってすぐ格好つけたがるくせに、千空ちゃんは俺の好みを察知してか要所要所でかわいこぶるようになった。
そういう成長はとげなくていいのに、子どもは親の真似してほしくないとこ真似するってやつかな。確かに俺は千空ちゃんの好みに合わせてるとこあるから、どの口が言うって話なんだけど。
別れ話をするくせに好みに合わすってどういうことだって?
いやほら、一応つきあってるなら好かれたいじゃん。ゴイスー特殊な好みとかだと合わせにくいけど、千空ちゃんの好みって一般的だしわかりやすいから、つい。恋人ムーブする千空ちゃん、とか見たいじゃんジーマーで!
「不満とかないって! ただほら、復興もゴイスー進んで人も増えたでしょ? だからそろそろ千空ちゃんももっとピッタリな人と出会えるから」
「もう出会ってるが」
「俺じゃなくて!」
恋人として百点満点の返しだけど違う。今俺はそれ求めてないのよ。
つきあいだしてから定期的に、俺は千空ちゃんに別れを切り出している。
理由はその時々で適当だけど、一応全部本心。
「俺はゲンがいい」
なのに千空ちゃんは、雛が初めて見たものを親だと思うみたいに、恋人は俺がいいのだと駄々をこねる。
刷り込みなんだって何回伝えても別に問題ねえだろで返されるから、実はそろそろ理由に困ってきてるんだよね。
男同士だよ、子ども産めないから、裏切り者のコウモリ、ペラペラの口先男、トップが恋愛でごたつくのは示しがつかない、あの子の方が似合ってる、傍に居られないから役に立てない。
いかにもありがちなものからニッチなものまで、別れる理由を告げては拒否される。
まあね、千空ちゃんが俺のこと手放さないのもわかるんだよ。
だって俺、ゴイスーお役立ちだもん。おまけに恋愛脳でもないから「仕事と私どっちが大事なの」的な千空ちゃんが困るようなこと一切言わないし。面倒じゃないってジーマー大切だよね、長いつきあい予定してるなら特に。
体力武力的な方面ではさっぱりだけど、人間関係関連ならそれなりに自信がある。初期の科学王国メンバーが体力武力に偏りがちだったから、よけいに俺の有用さは際立った。たぶんこの辺りも刷り込みなんだよね。俺がゴイスーお役立ちだったせいで、ゲンがいなけりゃって思い込んじゃってるの。で、他に人がいっぱいいて問題ない現在までそれが続いちゃってるんだ。
本当に大丈夫、俺の手を離してもいいんだよ千空ちゃん。
俺はキミの事も今の状況も気に入ってるから、恋人の名目がなくなったからって裏切ったりしない。勝手にどこかに行ったりしない。外交官もどきとしてうまく乗り切って来るよ。
「そりゃ俺はお役立ちだし面倒でもないから千空ちゃんが確保しときたいのもわかるよ。お見合いなんかも、恋人いますって言ってれば持ちこまれにくいもんね。告白も断りやすいし。けどさぁ、恋愛ってある意味無駄なものっていうか。ほら、千空ちゃんも脳のバグって言ってたでしょ。そういう寄り道っていうの? してみてもいいと思うんだよねぇ、そろそろ」
人類復興のために全速力で走ってきたんだから、無駄で面倒で理解できないことをするのもいいと思うんだよ。これからは。
「千空ちゃんも恋人としてゴイスー成長したじゃん? もう俺じゃなくても問題ないと思うわけ。だからそろそろお終いにしよって話で」
「ゲン先生が認めてくれてんなら恋人として不足ねえんだろ。なら別れるこたねえ」
「俺が不満ためてるわけじゃなくてさ~」
「こっちも別に不満なんぞねえんだわ。テメーと居るのになんの問題もないのになんで波風たてねえといけねえんだよ」
ほらそこ。そういうの。俺で満足してないでもっと荒波に漕ぎ出して恋の大航海してほしいわけだよ親心……いや師匠心かな、初めての恋人としてはさぁ。
相談にならいくらでも乗るから。
「テメーがいいって言ってんだ、ゲン」
言葉だけ聞けばとんでもなくイケメンなのに、俺にすがりつくみたいに抱きしめて斜め下から覗き込むまなざしは不安に揺れている。
俺が千空ちゃんから離れないって知ってるくせにこんな顔しちゃうんだ。キミの事大好きって誰よりわかってるのに、それなのに。
ああかわいい。どうしよう。俺がこういうのに弱いって知っててするの、あざといかわいい。千空ちゃんそういうとこ戸惑わないよね。俺の好みをガンガン突いてくるの、本当良くない。ゴイスーな観察力は他で発揮してもらいたい。
「つーかその、俺が恋人として成長したってのはどこだ。今後の参考までに教えていただこうじゃねぇか」
「えぇ~。ほら、俺がかわいいのに弱いって知ってて狙ってくるじゃん。拗ねたふりして俺の耳かんだりさ、帰り遅かったら迎えに来て知らない匂いするって機嫌悪くなるくせに抱きしめるのやめないとか。そういうかわいいの、普段がゴイスーかっこいいからよけいにキュンってくるのね」
今だって俺の頬に鼻先すりつけて甘えてるの、わざとだってわかっててもかわいくて困ってる。わかりやすいかわいこぶりっこがクリティカルなんだもん、勘弁して。
「俺が喜ぶと思ってそういう仕草してくれるとことか、昔の千空ちゃんなら絶対なかっただろうし」
男らしい、に妙なこだわりのあった千空ちゃんなら恋人がどれだけねだってもしなかっただろう。男がんなことしてどうすんだ、気持ち悪い。うんざりため息をつく姿がありありと目に浮かぶ。
なのに今は俺が喜ぶからしてくれるの、恋人としての成長と言わずしてなんだって話だよね。
だから誰とでもうまくやれるよと俺が励ませば、千空ちゃんはあ~だのう~だの唸りだしてしまった。
「……いくつか間違いがある」
「ん?」
「まず、テメーはクソ面倒くせぇ」
「えっ」
え??
「男同士だからだの他の子のがお似合いだの、その度テメーに惚れてるって言わせたいだけだろ」
千空ちゃんから別れるって切り出しにくいだろうし、って定期的に確認してたの、俺が愛の言葉をほしがってることになっちゃってる?
おかしいな。気を遣ってただけなんだけど。
「そもそもだ、別れるっつーわりに毎回俺のためって理由つくりあげやがって。一度たりともテメーが俺に不満があるだの他の奴のがよくなっただの言わねえ」
そりゃないもん、千空ちゃんに不満なんて。俺好みに寄せてくるのバイヤーっておののいてるくらいなのに。
「そのくせしょーもねえ理由で別れる別れる言いやがって。んなもんどこが面倒なとこないんだよ。とんでもなく手がかかるわ」
適当にそれっぽい理由だったけど、しょうもなくはない。人によってはどれもちゃんと別れる理由になるもの、のはず。
なのに理由にもならないとぶった切った千空ちゃんは、面倒だと俺のことをディスりながらもけして抱きしめた腕を離さない。文句を言いながら頬に口づけてくるの、唇いそがしいね。
「えぇ……じゃあやっぱり別れようよ」
「そのクソ面倒くせえ手のかかる恋人とおつきあい継続してえっつってんだわ、こっちは」
「趣味悪~。千空ちゃんもしかして最近暇なの? だから手間かかることしたいとか」
文明復興しすぎてすることなくなっちゃったかな。笑ってみせたのにちっともつられず、体重をかけてきた千空ちゃんごとソファに倒れこむ。
ブランケットから抜け出そうともぞもぞ動いていたら、今度は顔にクッションが降ってきた。ちょっと! 反論は口でしてくださーい。
「あ゛~……あと、あれだ。恋人として成長したってやつ」
「俺の弱いとこついてくるよね~」
今だって、俺のこと下敷きにするわクッションに埋めるわドイヒー所業するくせに、手は恋人つなぎしてくるんだからときめいちゃう。わざわざ指探してゴソゴソするくらいならブランケット取ってくれたらいいと思うんだけどね。それはそれこれはこれ。千空ちゃんらしくない健気な仕草にキュンときちゃってるのかな。だってかわいいじゃん、世界を救った男の幼げな執着心とか。
ああ、俺もきちんと割り切らなきゃな。
別れたら千空ちゃんのこんな態度も表情も声も、全部俺には向けられない。無自覚の甘えを受け入れるのは俺の役目じゃなくなるんだから。
「無意識だ」
しんみりしていた俺の耳に飛び込んできた単語の意味がわからない。
「まったく狙ってねえ。つーかんな意味わからんとこに弱かったのかよ、言えよ」
「んん?」
「俺はテメーの前じゃ、常に格好よくきめてるつもりだった」
どこが??
「……つかぬことをお伺いしますが、ええと、いつから……?」
「出会った時からずっとだ」
格好よく? きめて??
「メンゴ。まったく心当たりがないんだけど」
クッションの隙間から見える耳が赤い。ちょっとだけ尖った唇と逸らされた視線、触れている指先が熱くて。
火傷しそう。
「……全然狙った通りにできてねえだろ」
だからテメーくらいしか俺の恋人は務まらねえ、なんて呟かれたらどうしようもない。
出会った時からとか。ねえ。あの。もしかしてだけど。
「千空ちゃん俺のこと好きなの……?」
「あ゛!? そこからかよ」
メンタリストなのに読み間違いすぎたと嘆く俺に恋愛脳なんだろうと笑った千空ちゃんは、お互いになとトドメを刺した。