バミューダじゃなくても

「で、新婚旅行改め宇宙準備旅行はどうだった!?」

乾杯したとたんに口を開いた南は、全部きかせなさいと杠とコハクに迫った。

「いやぁ、準備旅行っていうか」
「まさかあんな事故が起こるとは思いもよらなかったからな」

ノルウェーに新婚旅行の予定が海で自給自足生活を余儀なくされた二人は、何とも言えない顔でグラスに口をつける。

「というか、宇宙準備旅行って呼ばれてるんだ……」
「反対派にうるさく言われない間にさっさと必要素材集めたい千空の計画だ、ってもっぱらの噂よ」

親友の新婚旅行を隠れ蓑にしてそんなことをする人間だと思われている、のはあまりに気の毒だ。だが便乗して素材ゲットを目論んでいたのは事実なので、コハクはそのまま流した。千空は悪い人間ではないが、情緒という点において問題がある。

「あれは純粋に事故だし、千空くんが一緒に来たのも私たちに気をつかってくれたんだよ」
「どこが!? 新婚旅行についてくるとかなしなしのなしでしょ!?」
「杠、さすがにそれはかばいすぎだ。もしクロムとルリ姉が旅行に行くなら私は必ず遠慮するし二人きりで行かせる」

ただ二人の後押しをするためにこっそり見守る可能性はあるが。

「まだまだしなきゃいけないことも多いし、世界情勢も安定してるとは言いがたいでしょ。だから私も大樹くんも行かないつもりだったの。あっ、もっと後で行こうって言ってたよ? 十年とかの記念日もいいねって」

杠の意見もわからないではない二人は、それ以上言い募ることもできず、それでも納得いかないとうなる。
個人の楽しみとしての旅行は確かにまだ行きづらく、けれど復興のため共に支え合ってきた友にはすべての幸せを手に入れてほしい。なにも諦めてほしくない。

「だから私はうれしかったな。大樹くんともだけど、皆と旅行できて。復興のために世界はまわったけど、逃げたり急いだりしなくていいのは初めてだし」
「いい子すぎる……どうせまたひどい作業めいっぱいしてきたでしょうに」
「そうだな。帆を作る時に杠が居ると居ないではまるで速度が違った」
「そう? そう言ってもらえるとありがたいですな」

事実、海流が渦を巻くバミューダトライアングルから脱出するには漕ぐだけでは間に合わなかった。魚の皮を縫い合わせた巨大な帆がなければ脱出できなかっただろう。
そういえば、とふとコハクは思いつく。
ここに居るのは南と杠。石化前の知識を持ち、他人に寄り添い相談にのることに長けた二人だ。
あの魔の三角地帯で己が陥った奇妙な感覚について、話してみてもいいかもしれない。

「私はあまり詳しくないが、こう、場所や天気によって体調に変化がおこったりするらしいな」
「ああ、気圧とか? コハク片頭痛とかあったっけ」
「体調は良好だ。だがあの時……バミューダトライアングルで石化から復活した時、思い返せばおかしい言動をしたのだ。今ここに居る私なら言わない、だがあの場ではなぜかそれが正解だと考えていた。魔の、と呼ばれる海域だ。そういう呪いのようなものはあるのだろうか」
「バミューダトライアングルにそういうのあったかな……漂流し続けるってのだけだよね」

む、と考え込む南に心当たりはないらしい。
共に過ごした杠は何か思い当たることがあったのか、ちらりとうかがうようにコハクを見た。

「プライベートな質問になっちゃうけどいいかな?」
「構わん。私からもちかけた相談だ」
「コハクちゃんって千空くんの事、恋愛的な意味で好き?」

予想外の質問に、ぱち、とまばたきをする間考える。
恋愛的に。ルリがクロムに向ける、杠と大樹の間にある、そういう。

「……そうだな。好ましいと思っているし、今後お互いに良い相手がいないならそうなってもいいと考えている」

女子会っぽくなってきた、と盛り上がる南が追加の酒を注文しだした。
なるほど女子会というものはこういう話をしているのか。職場の飲み会に参加するとなぜか、憧れていますかっこいいですとキラキラした瞳の女性陣に囲まれるコハクは学んだ。あれは女子会ではなく、これが女子会。

「それは今、通常モードで、だよね。海でコハクちゃんが自分らしくないって思ったのは、それとは違ったの?」

 

千空が自分を復活させた、のは当然だ。
助かるために全員石化したのだから、順次石像を集めねばならない。いざと言う時のために復活液は持っていても、全員分はさすがにない。ならば戦力になる者から。
泳げ、戦え、食料調達もできる。月でも活きた視力は散った仲間を見つけるに最適。
コハクを復活させないわけがない。子どもでも分かる、当然の理屈だ。

 

「あの場で私を復活させるのは当然だと、今の私は考えている。最も生きる可能性の高いルートだ」
「そうだね」
「だがあの時……海で復活した時、最初に思いついたのは違った。千空が私に恋愛感情を抱いているから、という理由で復活させた。そうならいいと考えたのだ」
「千空くんが、恋愛感情で?」
「ありえないだろう。あの男はそういった行動はしない。もし私の事を熱烈に好いていても、あの場で活躍できないならば後回しにする」
「だよねー。実力と人格を別扱いするし」

頷く二人もコハクと同じ意見だ。
そういう男だと理解しているし、悪いとも思っていない。だからこそこんなにも短期間で科学文明を復活させたとも言える。
それなのに。

「私の石像を一番に見つけたなら必ず復活させる。当然だ、私はそれだけの活躍をする。それなのにあの時、石像のままでもいいのにわざわざ復活させた、これは私の事が好きだからだ。共に生きていくパートナーになりたいからでは? と思った」
「石像のままでいいわけないでしょ。千空が石像抱えたらあとなんにもできないじゃない。しかも海でなんて詰みだよ詰み」
「コハクちゃんなら目もいいし魚も獲ってくれるし、すごく頼りになるもんね」

一緒にサバイバルするなら絶対コハク、と声をそろえる二人につい吹き出してしまう。

「そうだろう! 私もそう思う。千空もそのつもりで復活させたはずだ。それを理解しているのに、なぜあの時……まるで私の実力がないみたいなことを考えてしまったんだろうかと」

恋愛感情が理由で、なんてバカバカしい。
コハクには真っ先に復活させるだけの実力がある。助けになれる。これまで鍛えてきた己であるからこそ選ばれたのに、まるで違う理由など。
石像のままでもよかったはずだ、など。ありえないだろう。それでは彼の助けになれない。

 

◆◆◆

 

「……ちょっとわかる気がするな」
「杠?」
「私ね、本当は大樹くんの次に復活する予定だったんだって。千空くんと大樹くんがライオンに襲われたから司くんを復活させた、でしょ。襲われてなかったら、私だった。でも戦えないから、選ばれなかった」
「それは当然だろう! いや、杠が選ばれないのが当然というわけじゃなく、ライオンへの対抗としてなら」
「ふふ、大丈夫。わかってるから。……復活も、大樹くんが望んだからなの。私がどうこうじゃなく。大樹くんへの、千空くんからの心遣いなの」

石片を拾い、ひたすら組み上げ、補修し、この世界において最も大量の人間を救っただろう杠は笑った。
復活液を作り出したのは千空だ。だがその復活液をかける前に、生き返る形、人間の形にするためひたすら尽力した杠が。
自身をなんの力もない存在だと。ただただ誰かのおまけでしかないのだと。

「いくら仲良くても、体力もサバイバルの知識もない、肉体的に不利な女の子を千空くんがあの状況で復活させるわけがない」
「だがキミの活躍で気球は! 石像は!!」
「うん。裁縫が得意な事は知ってたから気球の頃でよかったよね、本当なら。石像の修復だってもっと後でもよかった。私じゃなくても誰でもできるの」

反論を言い募ろうとするコハクを、南がそっと抑える。
わかっているのだ、彼女も。そうだ、と考えているのだ。
杠自身の力を求めての復活ならば、タイミングが早すぎると。彼女が活きるのはもっと文明が進んでから。
石神村を発見した後。いや、村を見つけなくともせめて拠点をもち、雨風を防ぎ安定した食料を得られるようになってからなら。敵からの逃避行直前など、ありえない。

「人質になって、千空くんが死んで。生きてたんだけど、でも私のせいで」

何かができるから復活させられたのではない、とわかっていた。彼らはそんなこと求めていない。責めない。
杠が何もできなくとも、役に立てなくとも。
ただ自分が耐えられない。
何もできないくせにどうして復活させられたの?

「大樹くんに好かれてるのは石化前からなんとなく気づいてた。たぶんそうかな、そうだといいな、って。呼び出されて、告白されるかもってところで石化して」

足を引っ張ることしかできない。
歩くのも遅い、荷物も大量には持てない。復活したての杠は千空や大樹ほどこの世界に慣れてはいない。
ひとつも満足にできない。

「だから告白してほしかった」

役目が欲しかった。
理由を与えてほしかった。

「大樹くんが好きって言ってくれたら、そのために居るんだって思える。何もできないけど、でも仕方ない。それを望まれたんだから。大樹くんのために復活したんだから、大樹くんのせいなんだからって」

恋を理由にしてくれてよかった。
そうすれば何もできない自分を許せるのに。

「逃げだよね」

言い切られた言葉は思いのほかコハクの胸に刺さった。

「この世界でこんな状況で言うのは卑怯だから、って大樹くん言うの。復興したら聞いてくれ、って。私は言い訳にしようとしてたのに。楽になりたいから、さっさと告白してくれたらいいのにって」

逃げ、なのだろうか。
好意を理由にするのはいけないことなのか。
クロムはルリへの好意ゆえに薬草を集め続けた。それは逃げか。彼は自分にできる精一杯であがいたのに。
ではなぜ。

「なんで復活させてくれたの、って聞いたことあるんだ。まだ司くんのところに居た頃ね、好きだからって言われて安心したくて。告白はしてくれなくても、大樹くんからの好意を感じたくて」
「大樹の態度だけで十分周りには伝わってたけど」
「そうだね。でも、ほら、エネルギーが欲しかったんじゃないかな。疲れたら甘い物、みたいな」

惚気だ惚気、とまぜっかえす南につられ笑いながらも、コハクは戸惑っていた。
これはどこへ向かう会話だ。酒の席のただの与太か。わかる、と呟いた杠はコハクに何か示唆しているのか。

「暗くて怖かっただろう、って言ったのさ。大樹くん。遅くなって悪かった、って」

大樹くんも千空くんも意識保ってたから、私が石化中意識を失ってると思ってなかったみたい。
ずっと暗闇で一人は怖いだろう、早く起こしてやりたいって思ってくれてたんだって。

「それ聞いて、もうびっくりしちゃった。好きな相手だから、以前の問題だよね。ただ私が一人で怖いだろうからって。それだけで」

役立つからじゃない。
恋する相手だからでも。
ただただ思いやってくれていた。目覚めた方がずっと楽しいだろうから、光に照らされるこの明るい世界を共に見ようと。

「なんかもう、バカだなぁって。あれこれ勝手に考えて自分の事見くびって大樹くんや千空くんのことひねくれて見て」
「……海で、私が千空からの好意を求めたのも、何か考え違いだと?」

確かにこれまでたどったことのない思考だった。
己がいなくてもいいだろうに、など生まれてこの方戦士として巫女の妹として常に中心にあり続けてきたコハクにとって未知の。
だがコハク自身、千空にそういった意味の好意を持っていることは自覚していたし、ならば恋愛関係になることを求めるのはおかしくないだろう。

「考え違いじゃなくて……タイミング? だって『今』は別にそういう気持ちじゃないんだよね」
「そうだな。『今』は正直どっちでもいいというか、千空が望むなら別に私はかまわない程度だ」

熱烈にプロポーズでもしてくるなら前向きに考えるが、コハクの知る男はけしてそんな行動はとらないだろう。
だからおつきあいも結婚もどうでもいい。
つまりこれは、ありえないたとえ話だ。

 

◆◆◆

 

「コハクってさぁ、そもそも結婚したいの?」

気持ちよくグラスを空けた南が首を傾げる。
普段の言動からはまるでそう見えないが、もし『結婚』がしたいなら千空相手はあまりお勧めできない。
大樹や杠、クロムとルリのように周囲から見ても早く結婚しろと急かしたくなる二人ではない。まず恋愛関係というより仲間というか、相棒感が強すぎるのだ。
それでもコハク本人が望むならいくらでも応援するが、そういうことでもないらしい。

「いや、そういうことはまずルリ姉がしてから」
「あそこもね~! 結婚することは決まってるんでしょ?」
「プロポーズはされたらしいが、今のクラフトが終わったら、らしく」
「何十年後!?」

ルリをどれだけ待たせるつもり、と息巻く南の前に杠がそっと水の入ったグラスを置いている。やはり今夜はペースが速いらしい。南としても『女子会』は久々なのだろうか。

「ルリ姉は、本来かなうはずのなかった未来なのですから、などと甘いことを」

そうだ。村の掟ではルリの結婚相手は御前試合の優勝者。クロムでは絶対にありえなかったはず。
二人の気持ちを知っていたコハクは歯がゆかったが、それでもどうにかなると想像すらしなかった。クロムが鍛えて強くなればいい、と願ったことはあれど他の道など。

「……考えたこともなかったな」
「結婚? そっか~、変に考えちゃったの急かされたりしてるからかと思ったんだけど」
「なぜ私が妙な事を思ったのと結婚が関係あるんだ?」
「ん~、ほら、わーわー言われたらしなくちゃいけない気になったりするでしょ。周りが皆してるからそうしないとおかしいかな、とか」

怪訝そうなコハクの表情を見、思わないかぁと南は明るく笑う。

「結婚、は」

ルリの病が癒えれば、御前試合の優勝者以外と。おそらく金狼あたりだろうか。彼と子を成し、ルリの子を次代の巫女として見守っただろう。
ルリがあのまま儚くなれば。子を成せなかった時は。コハクが引継ぎ、巫女として次代を成さねばならない。百物語を継承していくため、血を、知識をつなぐのは村の使命だ。

「……ルリ姉の生死によるから、あまり考えないようにしていたんだな。私は」

生きるか死ぬか。子を成すか成せなかったか。
姉の死の可能性からできるだけ目をそらしたくて、何をしていいのかわからないけれど少しでもあがきたくて。だから温泉を汲みに走った。もしもの時のため、と言われても百物語を覚えることを拒んだ。どれもルリの病魔を取り去ることはできなかったが、コハクにはそれ以外にできることがなかった。

「そっか。ごめんね、無神経だった」
「気にしなくていい。今はもう、ルリ姉だって私だって好きにできるんだ」

口にして初めて理解する。
好きにできる。誰と共に生きてもいい。御前試合の優勝者でも、それ以外でも。村の人間でも、石化していた相手でも。
ルリはクロムを選んだ。ずっと想って、けれど絶対に手を取れないだろう相手と生きることができる。
コハクも。
コハクは。

「好きに」

どうしたらいい。

「そう! 本当に自分が好きな人と出会えたら結婚するし、別にしなくてもいいし、自由自由! 私のことは放っておいて!!」
「南ちゃんお水飲もう、一口でいいから」
「優しい……結婚しよっか」
「ありがとう、ごめんね私好きな人ともうしたから」

コハクは戦士だった。村の。マグマにだって勝ったことがある。科学王国でだって戦闘で活躍したし、月にも行った。
望んだ道を進んだ。それを疑ったことなどない。
巫女に何かあれば代わりにならねばいけないのは、当然のことだ。理解している。本来なら戦士のような命の危険があることは避け、なるべく永く生きるよう心掛けねばいけない立場であったのを、甘やかされていたのも知っている。
己の選んだように生きていた、はずだ。

だが今はどうだろう。村はない。科学王国も事実上解散したようなものだ。世界はどんどん石化から目覚め、新たな文明が築き上げられ。
武力はもう、以前ほど必要とされない。これからもっと不要になる。
巫女もまた、百話目を『石神千空』に伝え役目を終えた。次代を成す必要はない。

なにをしたらいい。
望み選んだ道はない。もう。

自分は。

「杠」
「うん?」
「キミはさっき逃げだと言った。けれど大樹と結婚し、すこぶる幸せそうに見える。……それは、愛されているからなのか」

誰かから好かれていれば。愛されていれば、揺れないのか。
千空がコハクを好いていればいいのか。戦士でなくとも、巫女のスペアでなくとも。
『コハク』でなくとも。

「違うよ。私が大樹くんと結婚したのはね、自慢したいから」
「自慢!?」

好きだから、愛しているから。
そんな言葉がくると予想していたのに、渡されたのはまるで違う返答。

「ずっとね、私が選んでいいって大樹くんは伝え続けてくれてたんですな」

大樹以外の相手を選べるように、もっと人が増えてから。無理に『誰か』を選ばなくてもいいように、復興が進んでから。
服が作れる。でも作らなくてもいい。石像の補修も。してもしなくてもどちらでも。
杠が何を選んでも、選ばなくとも大樹は否定しない。受け入れてくれる。俺には難しいことはわからん、なんて笑って全てを。

「難しいよ、どんな相手も受け入れるなんて。自分自身だって受け入れられないのに。何もできない、役に立てない自分なんて認めたくないのに」

役に立てない。
戦士でもなく、巫女のスペアとしてでもない。次代を見守る必要もない。
価値はあるのか、そこに。己に。ルリはクロムと生きるだろう。ではコハクは。
自由に生きろと言われて、選んだはずの道はなくなり、今更どうすれば。

「大樹くんは私に恋してなくても、きっと同じように接してくれた」

千空に恋されていたら。必要とされていたら。それはきっと生きる意味になる。

「……恋する相手として求められるのは、ダメなのか。自分の価値をそこに決めるのは」
「ダメじゃないよ。でも私には向いてなかったかな」

自身をおまけだと卑下した少女はもう居ない。

「私に何ができるかじゃなくて、私が何をしたいかでいいんだって。それを受け入れて、応援してくれるの。ずっと」

コハクがしたいこと。
望んで選んできたことは消えた。なくなってしまった。
本当に?

「こんなにステキな人が私と結婚したいくらい好きって言ってくれてるの、いいでしょう! って皆に自慢してるんですな」

照れたように笑うくせに、胸を張って。
己の意志で歩む杠がひどく眩しい。

「って言うかバミューダトライアングルでだけ、なんか不安になっちゃったんでしょ? 今大丈夫なら気にしなくていいんじゃないの」
「自分の思考がままならないのはいざという時に困るだろう」
「そういうもの? バトルタイプって。日によって落ち込んだりハイになったりってよくある話だよ」

結婚したーい安定ほしーい、の時と仕事に生きるって時と。
当たり前の顔をして口にする南はそうだったのだろうか。どちらも望むが、選択はしない?

「落ちてるなって思ったらリカバリする方法決めたらどう? 感情なんて動くもんなんだからさ、そこは認めちゃって」
「おいしい物食べるとか、身体を動かすとか、今みたいに女子会とか」
「そういえば海でも、食料を調達したり漕いだりしてるうちにどうでもよくなっていたな」
「それそれ」

恋する相手ではなくマンパワーとして求められ、以前のように生き抜くためできうる限りの努力をし。
戦士として。

 

すとんと胸に落ちた。
そうだ、あの時。海でコハクは戦士として動いた。久々に。
科学文明が発展し、漁も狩りも日常から遠くなった。護身術を教えて回ってはいるが、ここは戦場ではない。戦士でなくともよい。
だがあの海ではコハクは戦士に戻った。
己の選んだ、望んでいた道を久々に。

 

「……女子会はめっぽう有用だ。なぜ妙な言動をとったのかの尾をつかんだ気がする」

戦士として生きたいのだ。コハクは。
戦いを求めているのではない。ただ大切な人たちの力になれる存在でいたい。
いつの世でも。

「村から出ても、戦士のまま生きたかったのだな。私は」

呟いた本音に重なる笑い声。

「いつだってコハクは戦士でしょ。敵がいるいない関係なく」
「そうそう、それに戦士だって落ち込んじゃったら女子会したらいいんだし」

未知の場でなくとも。文明の光に照らされたこの世界でも。
戦場でのみ役に立てると勝手に己の力を矮小化した。科学文明には太刀打ちできないと。他の道を探さねばと。
バカバカしい。
強さは力のみではないことも、武力以外の戦い方があることもコハクは彼女らとの交友で学んだというのに。
戦士ではなく、女性として扱われることが増えた。
意外だと驚かれたり、もうそんなことしなくていいねと労われたり。
それだけだ。ただ周囲からの扱いが少々変わった。たったそれだけで揺らいでいた。
自分が何を望みどうしたいのか、わからなくなって。

「なら、また話そうよ。なんでも、何度でも」
「聞くから、聞いて。私も愚痴るし、杠だって泣き言いうでしょ。だからコハクも白状するの」
「次はニッキーちゃんやほむらちゃんも誘おうか。いっぱいいっぱいおしゃべりしようね」

世界はガラリと変化したのではない。
ゆっくり、確かに一歩ずつ。コハクの過ごした世界の続きがここだ。
自分の望む自分でいられる、いる、世界だ。
バミューダじゃなくても、コハクは戦士でいられる。もう。

 

◆◆◆

 

「そういや杠、なんでコハクの悩み知ってたの? 私全然気づかなかった~」
「コハクちゃんの様子がちょっとおかしいから気をつけてやってくれ、って千空くんに言われて気にしてたんだ。知ってたわけじゃないけど、もしかしてそういう話かな、って」
「さすがの千空も、コハクが言いそうにないって思ったんだ……ってそこはゲンの出番じゃん!? メンタリストなんだから」
「あの、さすがにそういう話でコハクちゃんにゲンくんぶつけない程度には千空くん気を遣えるから……」