気づけば落ちるが恋の理

「それはないわ、さすがに」

真顔で否定すると、人相の悪い男はぐいっと鼻にしわを寄せた。ただでさえ造作の悪い顔がもっとひどく見える。こちらも人のことは言えないが。

「否定されてもォ、実際そーだったから仕方ネェの。そんなもんじゃねーの、ダチって」

痛いところをつかれて御堂筋はぐっと黙る。
正直、友達という存在がいたことがない。幼い頃、どんくさく小柄な御堂筋はみそっかす扱いで遊びにまぜてもらえなかったし、自転車を手にしてからはそちらにばかり夢中になった。久屋の兄妹を友達としてカウントするのは人として負けた気がするので却下だ。

「最初は俺も、よくひっついてくんなって思ってたけどォ」

ゆるい。

「体育会系ってんなもんだろ。勝った負けたでがしがし肩とか組むし」

御堂筋はまったくしたくないが、確かに無駄に手を叩きあったり肩を組んだり、している者もいた気がする。男同士でそんなサムイこと、と思うがまあ理解できないことも。

「キスくらいならすんだろ。減るもんでもネェし」
「アウトー。箱学さんオールアウトきましたぁ」

ない。
理解できることはなにひとつなかった。

「御堂筋、意外とお茶目なとこアンネェ」
「荒北くぅんはどこまで本気で言うてんのかなぁ。さっきまでの」

一日何度も抱きつかれ腰に手を回され頬まで寄せられ、ドリンクは回し飲むパワーバーはあーんして食べさせてやる、寒いと言ってはひっつかれ眠いと言ってはベッドに一緒にもぐりこまれ。
ダチの面倒見てやってんのォ、あいつらほっといたらダメダメなのばっかダカラ。友達がいる荒北が胸を張って言いきるのだから実際友達関係とはそういうものなんだろう。ものすごくいらない。

「そりゃ俺だって最初はビビったヨ? ほら、やっぱいきなりキスとかされたらびびんじゃん?」
「黒や。確定した」
「いやでも妹がヨォ、あ、二人いんだけどネ。男同士キスしてる話しながら やっぱあの二人仲いいよね~ とか言っててサァ」
「ふぁー、東京は怖いところやねぇ」
「ウチ横浜だけどネェ」
「あと荒北くぅんモノマネ下手」
「ッセ」

ぷぷぷ、と笑ってやれば自分でも似ていないとわかっていたのだろう、目元を赤く染めて悪態をつく。
目の前の男にキスしたいなど、まったく思えない。これは御堂筋が彼を友達だと思っていないからなのか、荒北の周囲がおかしいのか。

「寮生活で寂しくなっちまう甘ちゃんが多かったカラァ、ホームシックってやつ? ちっと抱きしめてちゅってやってやったら元気になるんだし、まぁいんじゃね」
「いやー、ボクゥが言うんもなんやけど、キミんトコおかしいわぁ。基準ずれとる」
「さすがに舌は入れねぇよ? ダチだしネェ」
「そこが線引きなんか」
「つーかどこもそんなもんじゃね? ソーホクとかもサァ、田所にひっついて暖とってたって聞いてっし」

田所。誰だったか少し首をかしげると、俺とおないのでかいスプリンター、とそつなく解説が入る。確かに世話を焼きなれている。こういうことの延長上に、抱きしめたりなんだかんだ、もあるのか。

「……確かにそれはぬくそうやな」
「寒いのヤだもんナァ!」

憎々しげに窓の外を見た荒北は、で、とテーブルに身をのりだした。雨でも降りそうな寒々しい景色は無視することにしたらしい。

「つーか俺に言わせりゃ、おまえの世話ばっか焼く年上の話のがねーなって感じなんだケドォ?」

 

◆◆◆

 

とっくに飲んでしまったカップに口をつけようとして、ないことに気づきごまかそうとしている目の前の男の慌てぶりに荒北はこっそりほくそ笑む。
二年前。唐突に現れ自分たちを脅かした化物が、自転車を降りるとこんなに不器用なんて誰が想像しただろう。

「とっくに卒業しててェ、なのにこまめに差し入れくれたり応援きたりしてくれんだろ」

あまりの寒さに耐えられず入ったファミレスで御堂筋を見つけたのは偶然だ。勝手に相席したのは暇つぶしだけど。
ものすごくイヤそうな顔をされたけれど、話しかければ答えるんだから別に構わないんだろう。小野田と待ち合わせだ、と聞いてちょっとうれしくなったのは、化物でしかなかった男に人間味が見えたからだ。

「レースん時は車出してくれてェ?」
「……時間あるときだけ、や」
「さっき毎回って聞いたケドォ」
「暇なんやろ」

横に置いてあった明るい色のマフラーがイメージと違ったので、軽くからかっただけだったのに。それ彼女からァ? 否定は荒北が思っていたのとは違う方向から来た。
もらいもんや。彼女ちゃうけど。
ぎゅっと寄った眉がひどく幼く見えておもしろかったから、つっこんでみたらこんな爆弾。

「風邪ひかないようにってタオル渡してくれてェ、なんなら拭いてくれちゃってェ、寒いの苦手だからってマフラーくれてェ」
「別にボクが欲しがったんちゃうわ。誕生日やからって押しつけてきたさかい」
「誕プレとか~、めっちゃいいじゃんかヨォ。おまえのこと普段から気にかけてっからそーゆーのくれるんだし」

あまりにもあからさまだ。
御堂筋の口から出た行動のひとつでも女の子からされたら、確実に浮かれる。自分なら。しかも重ね技だ。これだけのことをするなんて、確実に御堂筋に惚れてるだろうその子は。

「メールもこまめに寄越したりするワケェ?」
「毎日なんやしょーもないこと送ってきよるけど」
「おー、御堂筋おっとこまえ~」
「挨拶とかそんなんや。からかわれんのボクゥ嫌いなんやけど」

ねえ挨拶ってつまりおはようからおやすみまでってわかってる? 毎日ってので惚気かって思ったけど無自覚か? 意識しねぇくらいテリトリー入れちゃってんの?? 周りすべてを価値のないゴミ扱いしてたあの化物が。
へそを曲げられるとおもしろい話が聞けなくなりそうだったから、荒北は軽く謝った。

「でもいーじゃん。俺もそんな人ほしいヨ」
「差し入れとかくれるやろ。……先輩、とか」
「そりゃ卒業してすぐなら顔だしたりもあっけど、足は遠のくもんじゃネェ?」

自分の生活のが大事だしぃ、とあたりまえのことを告げれば御堂筋の目がまんまるに見開かれていて、荒北はつい身体を引いた。爬虫類系は得意じゃない。

「……荒北くぅんも、そんな感じぃ? さっき聞いてた感じやとえらい箱学愛にあふれたはるように見えるけど」
「俺ェ? そりゃ顔出すなら差し入れもすっけどォ……そもそも二年なってから行ってネェヨ」

だから御堂筋の言う年上の人とやらは先輩としてでなく行動しているんだろうに、まるで伝わっていないなんてせつない話だ。おろおろと目を左右に揺らしているのは動揺してるんだろう。卒業した後、なら少なくとも半年以上がんばってるのに。
毎日メールして世話を焼いて差し入れして応援に行って、そんなことしてくれる女の子なんて御堂筋のことが好きに決まってる。それ以外のなんでもない。つきあってもいないのにちょっと重いかな、と思わないでもないけれど、ここまで通じていないなんて哀れすぎて重いとか言ってはいけない気がする。

「そんだけよくしてくれる人ってなかなかいねーヨ? 大事にしてやんなって」

年上風を吹かせば、大きなお世話や、と威嚇された。

 

◆◆◆

 

そろりと手に触れてみた。やってみたらどうってことなかったので、今度は頭を肩に乗せてみる。荒北はなんと言っていただろう。ひっついたまま食べ物をあーんしてもらう、のだったか。
今あるのは食べかけの肉まんだ。別にこれをねだらずとも、同じものを御堂筋も持っている。友達って意味わからん行動するんやな、とは思うけれどそういうものなのかもしれない。そういえば石垣も、昔ハイタッチを無駄に求めてきたりしていた。

「みっ、みみみみみみどうすじなんやどうしたんささささむいそうかさむいんかおまえっ」
「おっきい声だしたら耳痛いんやけど」
「すっ、……すまん」

遮る壁のない公園のベンチは確かに石垣の言うように寒い。暖をとるために寄るとまたびくりとされる。

「なんなん石垣くん。こしょばい?」

髪の毛が顔に触れているのかと聞いてみれば、いやそのまんまでええ! と叫ばれる。だから声が大きいと言っているのに人の話を聞かない男だ。あいかわらず。
触れている手は固く筋張っている。額を置いた肩もごつりと骨の感触がするし、べたりと身を寄せた身体もがしりとした筋肉で。
やわらかくも気持ち良くもない。けれど、暖かい。話を聞いた時は男同士でありえないと思ったが、ひっついてみたらそれほど悪くもない。これはこれでいいかもしれない。

「……御堂筋、あー、その、ええと……理由、聞いてもええか?」
「ふぁ? なんの?」
「これまでおまえ、こんなひっついてきたりせんかったやろ? いや、ええねんで? もちろん大歓迎なんやけどな、せやけど」

大歓迎ならええやん、とは思ったが機嫌のよい御堂筋は答えてやることにした。大事にしてやんな、などと言われたことは関係ない。ないけれど。

「こないだなぁ、荒北くぅんにおうたんや。箱学の元エースアシスト」
「東京行った時か? 小野田くんと遊ぶゆーてたんちゃうん」
「サァカミチと待ち合わせとった時や。世間は狭いわ」

告げてもどうにもならないと知っていたから口にしたことはなかったが、御堂筋は一応悩んでいた。石垣との関係に。
先輩と後輩。元アシストとエース。前々部長と現部長。どの関係性も正しくその通りなのに、石垣の行動を知ると途端皆、そこまで先輩がするのはおかしいと言いだすことに。

石垣が自主的に動いて、御堂筋はそれを黙認している。だから外野がなにを言おうと気にしなければいいし事実そこまで気に病んでいるわけではない。ただ、毎回ありえないと。先輩後輩の関係でそんな行動とるはずがないと言われ続けるのにうんざりしていて。
だから荒北に話す時も、石垣の名前は出さなかった。ありえない、といくら言われても実際に自分たちは先輩後輩だ。そう言われて御堂筋は一体どうすればいいと言うのか。

「そん時にな、関係性の話になって。ボクいろいろ考えたんよ」

御堂筋の友達の概念が揺らぐほどに荒北は周囲の世話を焼いていた。
世話を焼いてやるのが友達ならいらん、と思って聞いていたがふと気づいたのだ。荒北に世話を焼かれている側もいる、ということに。友達、には二通りの立場があるのだと。

先輩後輩という形ではありえないくらい御堂筋の世話を焼く石垣。では、先輩後輩でなければ。彼の行動がおかしくない関係になればいいのだ。つまりは友達に。荒北とその友達のような。

「せやし、石垣くんとの関係かえよと思て」

友達はあとなにするんやったかな、と記憶をあさっていた御堂筋は気づかなかった。石垣の身体が強張っていることも、頬が真っ赤に染まっていることも、口をぱくぱくと何か言いたげに動かしていることも。

「か、関係な……あのっ、おまえに先言わしてもうてすまんけど、俺も」
「ああそや。ちゅーする?」

友達のする行動をやっと思いだした御堂筋が何気なく顔を上げたとたん、力強く肩が掴まれ唇が何かにぶつかった。何か、というか石垣だ。勢いが良すぎて歯が当たって痛いし、肩ももう少し力を緩めてほしい。たぶん肉まんも落ちた。御堂筋の分は無事だからまあええけど。

手をつないでもひっついてもなにもし返さない石垣に、さすがに不安になっていた御堂筋はキスされたことに安堵した。ありえないと言われるほど構われている立場上、嫌われているとはさすがにもう思っていない。エースのプライドをへし折ったことも、暴君のように振舞ったことも、お人好しの石垣の中ではそれなりにいい思い出に昇華されていることも知っている。おめでたい人間なのだ、目の前の男は。

けれど、自分と友達になるのはイヤかもしれないと不安だったから。後輩ならよくても友達はイヤ、はありえる。そうなると、また御堂筋は石垣の話をするたびおかしいと言われ続けなければいけないし、そのうち石垣本人もおかしいと気づいてしまうだろう。だけど石垣はひっつく御堂筋を拒否しなかった。訊いたからだろうけれど、キスもした。これなら友達だろう。ずっと、一緒にいてもおかしいと言われない思われない、居られる。

「御堂筋……ッ」

情けなく眉を下げて御堂筋の顔をのぞきこんできた石垣が、ひゅっと息をのんだ。
肩を掴んでいた手が腰と頭に回る。どないしたん。問いかけは唇に飲み込まれて消えてしまった。

「ッ、ん、うぅ……は」

口内をぬるりと温かいものがうごめく。歯列をたどり、強引に上あごを舐められた。石垣の舌に。
――さすがに舌は入れねぇよ? ダチだしネェ
友達なら。友達ならこんなことしない。舌を入れたりしないと言っていた。つまり石垣は御堂筋と友達関係を築くつもりがないということで。

「みど、……ッ、御堂筋すまん! そんな顔させたかったんちゃうくて、俺の我慢が足りんで…っ」

じゃあ、もう一緒には、居られない。

「おまえめっちゃかわいく笑ったからつい、いや言い訳は男らしいないな。ほんますまん。許してくれ、とは言えんけど」

我慢が足りない、ということはこれまで我慢して先輩でいたのだろうか。やはり。友達なんかふざけんな、というお断りか今の行動は。それにしてはかわいいだの許してくれだの意味のわからない事ばかり口にする石垣の腕は、まだ御堂筋を抱きしめたままだ。これは友達のとる行動なんじゃなかったか。

「順番、逆になってもぉて堪忍な。……御堂筋、めっちゃ好きやしつきおうて」
「……は?」
「恋人にしてくれたら、うれしい」

友達のつもりがなにか飛び越えてしまった。
意味がわからないが、目の前の石垣はきりっとキメ顔を向けてくるし抱きすくめられてぬくいしなんだか疲れたし。

「はぁ……それってボクになんかええことあんの」
「うーん……おまえのこと堂々と心配したり世話焼いたりできるし、一緒におるのに理由探さんでええし、俺にとってはええことづくしなんやけど」

おまえのメリットなぁ、と悩み始めた石垣の腕の中で御堂筋もぱちくりと目をまたたかせた。
今、すごくいい案を聞いた気がする。先輩後輩の関係ではおかしいと言われ続けた現状のままいられる、どころかもっと堂々としたり理由をさがさなくてもいいとか。でも。

「それ、トモダチやったらあかんの」

そーゆーの、するんやろ。今みたいに抱きしめあったり。トモダチってそーゆーんやって荒北くんに聞いたんよ。
ぼそぼそと問うと、なにを吹き込まれてきたんや、と疲れた声がした。

「ちゃうん」
「あー、友達でも一緒におれるし抱きしめたりもする、時もあるけど。……あれや、恋人できたら恋人とだけすんねん。抱きしめたりとかひっついたりとか。俺は御堂筋とだけそうしたいし、友達ではせんようなことももうちょっとしたい、けど」

どやろか。らしくない小さな声が、耳元で弾ける。

「ボク、石垣くんとしかする気ぃないしせやったらどっちでもええで」
「へ」
「石垣くんがボクのこと心配したり世話焼いたり、って要はこれまで通りっちゅーことやろ」
「まあ、せやな」
「そんでトモダチやったらひっついたりして、コイビトやったらそいつだけと舌いれたちゅーすんにゃろ」
「お、おう」

なんでこんなこと訊かれてるのかわからん。

「ほなどっちでもええわ。そーゆーの全部、石垣くぅんとしかせんし」

悩みが解決しそうで機嫌のよかった御堂筋がめずらしく石垣に決定権を譲ってやったところ、なぜか大泣きされてしまったので意味がわからない。あまりにうるさいので冷めきって食べる気の失せた肉まんを口につっこんでみたところ、幸せやと泣き笑いしていたので、御堂筋のできたての恋人は情緒不安定なのかもしれない。

まあでもこの意味のわからなさも、ずっと一緒にいるなら慣れるだろう。

 

◆◆◆

 

「ってわけで結構おもしろかったヨ」
「意外だな。あの御堂筋が」
「あんまりにもらしくなさすぎて笑うの堪えんのスゲェしんどかったカラァ」

ちょっとした飲み会ネタとして京伏の化物に会った話をしたところ、予想以上に金城が食いついてきて荒北は気分がよくなった。
基本的に穏やかで感情の起伏をあまり見せない金城が、年齢相応に笑ったり驚いたりするのはなかなか楽しい。最近の荒北のお気に入りの遊びだ。

「いや、しかしそうか……年上の余裕でとんがったところを受けとめているのだろうか」
「すげぇ尽くし系っぽかったぜ。御堂筋の方も好きなんだし、さっさと告っちまえばいいのにヨォ」
「……荒北、さっきの話で御堂筋が恋をしているというのはどこからでてきたんだ」

えらくかわいらしいことを口にする坊主に、荒北は缶の縁を思わず噛んだ。かち、と音がして口内が少しだけ金臭くなる。

「恋をしている、とか言っちゃうかな金チャァン」
「なにかおかしかったか?」
「うん、坊主頭のごつい大学生から出てくるのはちょっとネェ」
「ギャップ萌え、というやつだ」
「おまえちょくちょくらしくネェ単語挟んでくんね」

二本目のビールを受け取り勢いよくあおると、向かいに座った金城が続きをせかすように缶をテーブルに置いた。テレビもつけていないから小さな音もよく響く。
どうせ明日は午後からだ。このまま泊まってしまってもいいだろう。金城の都合など聞かぬまま、これまで通りあっさり決め込み荒北はサキイカを口に放り込んだ。

「あの御堂筋だぜ? 気にいらなかったらまず傍に寄せねぇって。あんなに口悪ぃんだからバリゾーゴンがんがん言っちゃうダロ。それが寄ってくんの許して、プレゼント使って、って好きだろどう考えても。女だからって容赦する性質でもなさそーだしィ」
「そもそも俺は、そこまで口が悪い印象ないんだが」

仲良く話してきたんだろう、と笑うからとりあえず蹴る。目の前の落ち着き払った男は一体荒北の何のつもりなのか。ただのダチのくせに父親ぶりやがって。

「ソーネ。別に腹たつこと言われなかったわ、そーいや」

そう、思い返せば確かにそれなりに話が続いた。初対面があまり得意でない荒北と、対人関係に確実に問題を抱えていそうな御堂筋でと考えれば、はずんだと言ってもいいほどに。
なんせ彼のことを好き、であろう女の子の話なんて聞いてしまったし。

「あー、っくしょ。いいよナァあいつ」

青春だ。甘酸っぱい高校生の青春。残念ながら荒北には訪れたことがないが。
自分のことだけ見て優しくしてくれる女の子。プレゼントをもらったってことは誕生日を祝われたりしてるんだろう。レースの応援だってなんだって、自分のことだけを考えて好きでいてくれる子。
縁がなさすぎるから諦めていたけれど、あの御堂筋に、と思えば希望も持つという話だ。

「……荒北は、そういうことをしてほしい、と思う相手がいるのか?」
「いねえヨォ。でも憧れんじゃんか、俺のことだけ見て好きでいて優しく世話焼いてくれたりすんの。年上いいよな~」
「そうか。……同い年でよければ心当たりがあるが」
「っ、マァジで!!?」

荒北と違いそういう子が山ほどいる金城の発言に、テンションが一気に跳ね上がる。
そうだよ金城狙いで来てあまりの倍率にひるんだところ隣にいる荒北の良さに気づく、とか。あるか。あるだろう。ありだ。同じことを高校時代も夢想し三年間なにひとつなかった事実は見ないふりをする。

「わりと差し入れはする方だ」
「おお!」
「自転車のことも応援している」
「マジか。じゃあインカレ前は忙しいとか理解してくれそうな感じか」
「そうだな。なんせ自転車に打ち込んでいる時が一番イキイキしているからな、荒北は」
「ッゼ。んなこたネェヨ!」
「プレゼントなんかも、受け取ってくれるなら喜んでしたいと思っている」
「受け取るに決まってんだろバァカチャンが!」
「おまえの世話を焼くのは楽しいからずっとしていたいな」
「さすがに照れ……んぁ?」
「もちろん荒北のことだけ見ているし、優しくしているつもりだ。今後もずっと、隣に立っていたい」

目の前の坊主は今なにを。

「金城」
「なんだ?」
「……そーいやおまえって、なんだかんだよくペプシとか奢って、くれて……たァ?」
「あんなにうれしそうにするから奢りがいがあるな」

同じチームなのだからレースの応援云々は置いておくとして、そういえば以前荒北の誕生日に、お互い夕食を奢りあうことに決めていたはずなのに何か欲しい物はないかとしつこく聞かれた、ような。待宮の時はそういった記憶がないので、奢るだけであっさり終わったのだろうか。
というか。

「世話、って」
「俺は結構おまえの世話を焼いてきたと自負してるんだが、どうだ?」

え、これうなずいたら成立しちゃう系?
冗談にしてしまうには金城の目が不穏すぎて荒北はごくりとのどを鳴らした。
荒北は正直、そこまで世話焼きの彼女がほしいわけではない。話を聞いた時はうらやましかったがちょっと重いなと思ったのは事実だ。ただなんと言うか、そう。

「おまえが好きだ」

自分のことだけ見て、好きだと言って。
そんな子が現れたら。目の前で赤くなって真剣に告白なんてされちゃったらもうイチコロだって、思ってたり。

「……キンジョー、顔、真っ赤ァ」