愛情の込め方教えます

「ハッピーバレンタイン♡ これ千空ちゃんにね」
そわそわずーっと待ってたくせに、受け取ったとたん千空ちゃんは眉をひそめ怪訝そうな顔をした。

 

◆◆◆

 

赤ちゃんの頃から知ってる幼馴染の千空ちゃんと、そういう関係になったのは少し前。俺がカレシと旅行ってはしゃいでたら、行くなからの成長するまで待っててくれコンボで落ちちゃったんだよね……だってかわいいんだもん千空ちゃん。
さすがに四つ、いやこの間誕生日だったから三つも年下の小学生と本気でカレカノってわけじゃないけど。でもまあ、予約されちゃってるわけだし? 毎週なんだかんだ誘われて、一緒に実験したり遊びに行ったりするのは楽しいから、俺もついつい千空ちゃんを優先して。つきあいが悪くなった、って友達に拗ねられたのはついこの間の事。カレシ未満だけどいい感じの相手がいる、って言ったらがんばってって励まされたわけだけど。

だから今年のチョコレートはいつもと違う。
毎年、パパと百夜パパと千空ちゃんには手作りなんだけど、今回はおいしいって評判のチョコ! あちこちのお店見に行って、フェアとかで味見もして、おいしくてかわいいゴイスーお勧めの買ってきたんだから。
これはなかなかの特別待遇。絶対千空ちゃんも喜んでくれる、と期待してたのに。

「……百夜のはこれだろ。ゲンの親父さんのは」
「いつもと一緒だよ? パパと百夜パパの、違うのにしたらパパ泣いちゃうんだもん」

かわいいかわいい娘からの手作りチョコをお裾分けするのはオッケーで、違うものをわざわざあげるのはアウトとかパパも結構心が狭い。夢見させてあげなさい、ってママが言うしわざわざ別の作るのも面倒だから構わないんだけど。百夜パパだって自分用に特別なのもらっても困るでしょ。近所の子どもから。

「なんで俺だけ違うんだよ」

いつも同じのだっただろ、って口調がなんだか暗い。あれ? え、なんで?

「え、だって……今年は違う、でしょ?」

カレカノではないけど、予約してくれたじゃん。
追いつくから待っててくれ、って言ってたよ千空ちゃん。
だから俺、そういうつもりで。

「……メンゴ、ちょっと俺勘違いしてたかも」
「あ゛?」
「そうだよね、俺たちただの幼馴染なんだしいつも通りじゃないとおかしいよね」
「おい、ゲン」
「ってか千空ちゃん毎年いっぱいチョコもらってるじゃん。そろそろ俺からのとかいらないでしょ、もう幼馴染から卒業しなきゃ」

毎週会ってる、けど実験は千空ちゃんのお友達も居る。プラネタリウムとか科学館とかは小学生だけで行くの学校から禁止されてるから、保護者としてついて行ってて。
待っててって言われたけど、でもあれから何か変わったかって別に何も変わってない。千空ちゃんと会う機会が増えただけで、距離感はこれまでと同じ。手もつながないしハグもしない。カレシとはデート中ずっと腕くんでたのに。

たぶん千空ちゃんは、幼馴染が男と旅行ってのを身内として止めたかっただけだ。懐いてたお姉ちゃんにカレシできてむかつく、みたいな。あと俺のパパをよく知ってるから気の毒に思ったとか。あーあ、そっか。ちょっと考えたらわかるよね、小学生が高校生にとかないって。しかも千空ちゃんだよ。毎年大量のチョコもらうくせに、お返しは一律百夜パパが職場用に買った飴を分けてもらって配るレベルの。

「ゲン! おい、どうしたんだよ」
「ん~……考え違いしちゃってたなって。浮かれてたのかな。メンゴね、千空ちゃん」

そんな気なかっただろうに好意おしつけて悪い事しちゃったな、と素直に謝ればまた難しい顔をする。

「そのメンゴはあれか。俺にだけ手作りじゃなかった事についてか」
「へ?」
「手間かかってんのはわかるし、テメーに無理させたいわけじゃねえ。絶対手作りよこせってわけでもねえ。だが、あ~、親父さんはまだしも百夜にまで手作り渡しといて俺にないってのは説明がほしいっつーか」

千空ちゃんにない、というか千空ちゃんだけある、なんだけど。わざわざ買ってきたんだよ、チョコ。
というか手作り、別に手間かかってない。ネットで見た「簡単」とか「レンジだけ」みたいなレシピだし、家にある材料でできるからお小遣い減らなくてラッキー、みたいな。

「……千空ちゃん、俺の手作りのがほしかったの?」

さっき渡したのの方が手間も時間もお金もずっとかかってるし、何百倍もおいしいよ。ジーマーで。

「愛情たっぷり込めてるからねってテメーが言って……いや、あ゛~、だから」

……言いました。溶かしてかためただけじゃねえかとか言った幼い千空ちゃんに、そういうことじゃないんだよってお姉さんぶって諭しました。ねえ、あれ結構前だよ? ママと作ったりしてた頃だよ。

「……覚えてたの」
「忘れるわけねぇだろ」

愛情たっぷりこもってる、と思って毎年受け取ってたわけ?
ただの幼馴染の時からずっと。

「手作り、他の子からももらってるでしょ」

むずがゆくて顔が熱くて、でもうれしくて。ありがと、ってかわいく言うつもりだったのにどうしてか口から出たのは全然違う言葉。

「愛情いっぱい受け取ってるじゃん。俺以外からも」

うわうっざ。なに俺、どの立場。恋人でもなんでもないくせに。いや今年はちょっとそれっぽいけど、でも去年まではただの幼馴染だし、なのに。
絶対引かれた。でも今から何言えばごまかせるのかわかんない。なんなの。チョコ渡して喜んでもらってハッピー、で終わる話だったじゃん。

「もらってねえ」
「は? いいよ嘘つかなくて。毎年もらってるの知ってるし」
「断った。去年までは手作りだけ断ってたけど、今年は全部」

ゲンがくれるのだけでいい。
さらりと口にした千空ちゃんは全然照れも恥ずかしがりもしていない。俺は今にも顔から火が出そうなのに。ずるくない?

「百夜パパ用の、返して」

ごめんね百夜パパ、毎年あげてたけど今年からはバレンタインはなしです。パパは泣いちゃうと困るから、ママと一緒に他に作ることにするね。
千空ちゃんから取り返したチョコのラッピングをといて、中身をそっと取り出す。中にクッキー入ったトリュフ、味見した時はなかなかおいしかったんだよ。

「特別に、めいっぱい愛情込めたのあげる」

仕方ないよね。だって俺のだけでいいって言うんだもん、千空ちゃん。
じゃあこれまで以上にたくさん、これ一つだけで満足するくらいいっぱい愛情込めたのあげないと。

「千空ちゃん、あーんして?」

ちゅ、と俺の唇に触れさせたチョコから千空ちゃんの視線が離れない。
うれしいな。ねえ、愛情たっぷり込めてるの、今。千空ちゃんにだけ特別なチョコ。ラブ注入、とか言っちゃったらさすがに浮かれすぎかな。本当の恋人になったら言っちゃおうかな。
大きく広げられた口に愛の塊を放り込めば、取り返させないとばかりにすぐさま千空ちゃんの口は閉じた。
かわいい。俺の幼馴染兼未来の恋人、ゴイスーかわいい。

「……ゲン、残りのも今してくれんのか?」
「千空ちゃんのだけ特別ね」

 

◆◆◆

 

愛情の込め方を学んだ千空ちゃんがホワイトデーのお返しに同じことしてくれたの、さすがに学習能力が高い。
お手製のマシュマロだったから、キスしてるみたいって思ったけど本物はもうちょっとかさついてた。