その色の名は

幼い頃、石を割ったことがある。
アニメで見た、廃坑でジジイが石を割ると中が光っていたのを自分でも再現したかったからだ。
ガキの力じゃろくに割れず、暗闇を探して布団頭からかぶってガンガンしてたんで、当然百夜に見つかった。一緒にアニメを見ていたからピンと来たんだろう。次の日図書館に行って、どんな石があるのか一緒に調べた。
その辺の道で拾った石じゃ無理、つーことはわかったな。
同じ『石』としてまとめられてんのに、成り立ちから色味、成分まで違うのに唆ってしばらくその関連の図鑑ばっか見たもんだ。

 

 

空は白んできたが足元はまだ暗い。前を行くゲンの持つランタンがゆらゆらと、俺を呼ぶように揺れた。

「うっわ、見てよ息白! ゴイスー寒くない?」
「そりゃ冬だからな。つーかクソ寒いのにわざわざ明け方に呼びに来たのはテメーだろ」
「いや~、朝日見ようと思ったらやっぱ冬でしょ。でないとゴイスー早朝になるし」

別に今日は新年でもなんでもない。それなのになぜか「千空ちゃんなら起きてるかと思って♡」などとラボに顔をだしたゲンは、朝日を見に行こうと強引に俺を引っ張り出した。
ケータイづくりに難航していた時と似ている、が今は特に行き詰っている事はねえ。はずだ。一体どういうことかわからねえが、なんだかんだメンタリストは有能だ。こいつが必要だと思ってする行動なら今の俺に要るんだろうと、こうしてのこのこ後をついてきたってわけだが。
暗がりでも迷いがないのは下見でもしたんだろうか。
そこまでするほど俺はこいつに心配をかけていたか?

「そういや昔さ、ジーマーで謎だったんだよね。寒い時だけ白い息が出るの」

は、とわざわざ白い息をはいて見せる仕草にこちらも同じ様にして見せる。にま、と笑った唇から青い息が飛び出してきたから思わず身を乗り出せば、次は赤。もう一度白、最後に黄色。

「こんな感じでいろんな色の息が出せるって思ったんだよね、白が出せるなら。でも息って基本見えないし、たまに白くなるだけじゃん? 幼いゲンくんはゴイスー不思議だったよね」
「ありゃ水蒸気が冷えて水になるからだ。雲ができるのと同じ原理だな」
「らしいね~。でも習った時も今もあんまりよくわかってないけど」

自分で雲つくれちゃうとかバイヤー。ケラケラ笑う顔に、詳しく説明しようとしてやめた。俺の説明よりも、幼いゲンの考えた内容をもっと聞きたかったからだ。らしくないと自分でわかっているから気恥ずかしくて黙ってりゃ、続きを待っているとうまく伝わったらしい。さすがじゃねえかメンタリスト。

「あたたかい息を寒い外ではくから白くなるって教わってさ、でも家の中のあたたか~い空気を袋に詰めて外で出してもちっとも白くならないわけ。俺の口の中のよりあたたかいのになんで~って悩んだ悩んだ」

移動中に冷えちゃうのかなって袋にカイロ入れたり袋二重にしたりさ、工夫したんだよジーマーで。
幼いゲンのトライアンドエラーについ微笑めば、ゴイスーかわいいでしょとつけくわえられる。とんでもなくおかわいいな、とのれば今もねなんてしれっと。そうだな、と言えばすぐ逃げるくせに。

「俺も、石を割ったら光るもんだと思って割ろうとしたことあったわ」

アニメの名を告げれば、懐かしいと弾む声。もう二度と見られない、俺たちの記憶の中にだけある物語。

「ハトがバーッと飛ぶとこ好きだったな。トランペットで操ってるみたいであれやりたくてさぁ、ハト飼いたいって言ったけどダメだったね」
「あの数はな」
「いや、さすがにあんなにたくさんはリームーってわかってたよ?」

千空ちゃんと違って常識的なので。
後ろから肩を小突けばまた楽し気な笑い声。今夜は妙に浮かれてやがる。いや、俺が浮かれているからそう見えているだけだろうか。

「実際は飛行石なんつーもんはねえからな。灰重石やフローライトをモデルにしたらしいが」
「あ~、灰重石! タングステン!」
「ケータイ作成に超絶お役立ちしてくださったやつだな」

どんな石でも、光り方に強弱はあれ必ず光るのだと思い込んでいた。
種類によると知った今でも、つい考えてしまう時がある。
まだ大樹も目覚めず世界にたった一人だった頃、たまに迷った。
人の形をしている石像の足元に落ちている拳大の石。これはおそらく目の前の石像の手が落ちたもので、だけど本物の石かもしれない。もし本物の石なら割れば光るだろうか。昔拾った石は光らない石だった。けれどこの石も同じとは限らない。
本物? 本物の石とはなんだ。石像というならば元人間で、けれど現在のこれは石だ。どこまで。中まで。本当に?
本当にこれは人間か? 石ではなく? いや石だ。石化して。けれど。でも。人間は光らない。石も。いや石は光る。では石の状態の人間は。
元人間と石の境目はどこだ。違いは。成分は。
――これは割れば光るのではないか?
実際に石像から復活させられるようになれば、割るなどという考えはかき消えた。石、というより人間に戻るものという意識が強まったためだろう。
それでもつい、ゲンを見ると考える。
この男を割ればどんな色に光るのだろう。
不思議と光らないとは思わなかった。光る石と光らない石があるなら、ゲンは必ず光る石の方だと信じ込んでいる己に軽く引くが、それほどの期待をこちらに持たせてしまったこいつにも責任があるだろう。
吐き出す息のように白い光だろうか。
先ほど赤や青に変えていたから、光の加減によって色が変わるかもしれない。

「あたたかいから白くなるなら、冷たいなら別の色だと思って氷口の中に入れたりもしたよね」
「冬にかよ」
「本当はアイスで冷やしたかったんだけど、お腹壊すからダメってもらえなかったからさぁ」
「それテメーが食いてぇだけなのバレてんじゃねえか」
「あと、お腹の中の色が変わったらその色になるんじゃ? ってがんばってトマト食べて褒められたりね」
「野菜ちゃんと食べられてえらいなーちっせぇメンタリスト」
「でっしょ~。その時はメンタリストじゃなかったけどね」

いつも息が白いのはごはんやパン食べてるからかなって思ってさ。だからふりかけで色変しよって大量にかけた時は怒られちゃった。

「結論は、食べ物じゃなくて俺のお腹の中が真っ白だから白い息が出る、だよね」

キリッとした顔で言い切られて思わず吹き出す。
テメー自身が一番そんなこと考えてもねえくせに、こっちを笑わせるためだけによく言う。

「腹の中は真っ黒じゃなかったのかよ、コウモリ男」
「え~、コーラ飲んだら千空ちゃんのご希望通り黒くなるかもだけどねぇ?」
「割ってみたら何色かわかんだろ」

光るのか。光るだろう。どうしようもなくそれだけを確信している。
おまえはきっときれいに光る。
石像に戻せないくらい美しく。
ガキの頃見たあの物語のように青い光か。それともその髪の毛のように白いのか。目もくらむほどの閃光か、包み込むようなあたたかな光か。

「お腹わらなくたって真っ白ってわかるでしょ。失礼しちゃう」

ぴえん、と泣きまねするくせに、次の瞬間には顔を上げ空を見る。慰めるフリの茶番すらよこしやがらない。

「あ、もう昇りそうだよ」

何色であっても、この男の腹の中などやわく優しいものしか詰まっていない。
二人きりでお出かけしよう、なんて笑って誘うくせにこちらが手を伸ばせばひらひら避ける。意味なく呼び出してほしいのに、メンタリストの仕事だとこちらに推察させる。わがままや気まぐれでいいのに、そうではないことだけわかっているから誤解すらできやしない。
そんなに俺は煮詰まっていたか。
なぁ、テメーが仕事しないといけねえと考えるほどに。そこまで切羽詰まって見えていたか。
新年でもなんでもないただの日に、わざわざ日の出を見せ気分転換させねばならないほどに。
おまえへの感情が凝り固まり流せないほどだったか、ゲン。

「なんとか間に合ったね」
「あ゛ぁ゛」

眩しそうに目を細める男を割りその真意をすべて覗けたら。
そうしたらいなくなってしまうだろう、と思うからしない。できない。動けない。
なあ、おまえの光は何色だ。

 

 

昇る朝日に照らされるゲンから、石化した表面が割れ落ちていくように影が消えていく。ほろほろと落ちる切片。石の中身。割れた、おまえの。
それは白でも黒でもなく。知っている。この色は。光は。
行き詰っていた俺に灰重石を与えたあの時と同じ。

「……テメーの中身は」

割った、中身は。光は。ああ。おまえが俺の――。

「白くはねぇよ」

いつとても俺を導く輝きの名は。