運命じゃないけど

久しぶりに会った千空ちゃんは、しかめ面でいかにも言いたくなさそうに俺に問いかけた。

「テメーの誕生日、四月一日であってるか」

できたら別の日にならないかな、って気持ちこんなにダダ洩れることある? え、これジーマーで答えちゃっていいやつ??
ごまかす必要もないので頷けば、あ゛~と顔をおおって唸り声まで。
わざわざアポとって俺に会いに来てこれ、なに。つきあいも十年超えるけど相変わらず千空ちゃんの行動は読めない。

「何か賭けでもしてた? 隠してるわけじゃないから知ってる子もいると思うよ」
「ちげぇ。あと誰も教えるなって皆に言ってあったからズルはしてねえぞ」

うさんくさい芸能人の誕生日が四月一日なんて掴みにはもってこいだったから、石化前はテレビやラジオでよくネタにした。復活後だって聞かれたら素直に答えていたし、別に俺の誕生日は秘密でもなんでもない。
まあ千空ちゃんは俺の誕生日に興味なんてないだろうから、知らないのも当然。

「ズルってなに、やっぱ賭けてたんじゃないの~? 俺にも一枚かませてよ」
「だからちげぇんだよ。……昨日、なんだな」
「そうそう。もち、プレゼントは三百六十五日受けつけてるからお気軽にどーぞ♡」

最近全然飲んでないから、久しぶりに千空ちゃんの作ったコーラが飲みたいな。この流れならいけそう。よし、と口を開きかけ、千空ちゃんのあまりの発言に俺は頭を抱えた。

「テメー、存在が俺のものすぎねえか!?」
「俺は俺のものですけど??」

なんで勘弁してくれって顔で言われてるの。こっちのセリフなんですけど!?

 

◆◆◆

 

そもそもは俺があまりに尽くしすぎたのがいけないらしい。

「当時はそんなもんだと流してたがな、間違いで殺されそうになった直後に怪我おして長距離移動したり、庇ったり、俺の考え後押しするような行動ばっかとるくせ飄々とそれが当然みたいな顔してやがる。責任者は俺だっつーのに一緒に責任おっかぶろうとするわ、こっちの手のまわらねえとこ上手くやってくださってるわ。テメーが居なけりゃどうにもならねえっつーのに、ご本人様は皆の力だよとかへらへらしてやがるし」

いや当時はそういうものだったから。流してるじゃなくて正しい理解だから。
マグマちゃんにやられたのは千空ちゃんのせいじゃないし、あそこで司ちゃんに報告しないと確実に村は攻められていた。千空ちゃんに賭けたってのもあるけどさ、一応顔見知りになった子達が人を殺すの見たくないなってのもあったのよ。石化なんてなかったらそれぞれの分野で認められてた健全な青少年が、戦争するためだけに復活させられるなんて。
千空ちゃんだって俺より年下の、幼い顔をしたただの男の子だった。細い腕、骨ばかり目立つ背中、荒れた指先。まだ保護者に守られているべき年齢なのに、たった一人で全部を抱え込もうとするから。だから、手伝いくらいはしてあげないと夢見が悪くて。

「マジシャンだから手先が器用、メンタリズムを駆使して人間関係を円滑に、程度ならわかる。だがテメー、有能すぎるだろ。モールスも暗号も即覚えるうえ適時使う、しかもスパイだ!? 手がかり残して敵の潜伏場所教えた後情報かく乱、で無事に戻ってきたらこっちのメンタルケアまで万全。今は世界を飛び回る超有能外交官様だぞ。どういうこった」
「どういうもなにも、成長、とか~?」

確かにメンタリスト兼マジシャン、の枠をちょーっと飛び越えちゃってる気はする。
でも状況的にそうするしかなかったし、したらできた、でここまで来たのだ。そもそも外交官もどきをさせているのは千空ちゃんなのに、なんでこうも責められてんの俺。

「無理だろ……冷静に考えて、テメーが俺に都合よすぎる……」
「落ち着いて千空ちゃん、全然冷静に考えられてないよ」
「科学王国がどうこうの前に、あのゴミ本がなけりゃ俺はあのまま死んでた可能性が高い。つーことはすでに命を助けられてるわけで」
「は? 待って死んでたって何の話」
「今それどころじゃねえんだよ。それよりテメーが俺の人生に必要不可欠すぎるって話で」

自分がとんでもなく情熱的な言葉を口にしたと気づいたらしく、千空ちゃんが待ったをかけた。

「忘れろ。話がずれた」
「いいけど、死んでた可能性が高いって話は後でゆっくり聞かせてね」
「あ゛~、別におもしれぇ話じゃねえぞ」
「だから聞きたいんだよねぇ」

そういうところだぞ、の顔をされたけどにっこり笑って押し流す。千空ちゃんこそそういうとこだよ。

「つまり、こう、テメーの働きがとんでもないのに、そうするだろう理由がねえ」
「え、科学王国のためじゃん? 文明復興とか」
「俺に都合がよすぎることしかわからねえ」
「理由がっつりありますけど!? ねえ聞いてる??」

どうやら俺の行動があまりに千空ちゃんの助けになるので、なぜこうも尽力してくれるのか謎だということらしい。
いや別に千空ちゃんのためばっかりで動いたわけじゃないし。結構自分のためとか、適材適所とかそういうので。というか俺に都合がよすぎるって、ゴイスー主人公の発言。確かに傍から見てたら漫画の主人公みたいって思うけど、自覚あるとかちょっとウケる。

「俺の苦手なことが得意で、いつも助けてくれて、一緒に居りゃ楽しい。とんでもなくお役立ちなくせ、協力するのは自分の得になるからだってろくに礼もさせねえ」
「いやもらってるじゃん、コーラとかトランプとか」

初期メンバーだからか、わりと特別扱いされてた自覚はあるんだけど。

「そんな相手の誕生日が俺の復活したその日だとか、俺の誕生日と数字が揃いだとか、そういや名前も霧だし空と相性いいんじゃねえかとか」
「名前はこじつけがすぎると思うな~」
「思いっきり関連づけちまうから、せめて四月一日生まれは勘弁してほしかったんだよなこちらとしては!!」

千空ちゃんロマンチストなとこあるから、そういうの好きだよねぇ。
確かに木に書かれていた数字が自分の誕生日だったから印象深かったのはあるけど、それで千空ちゃんのために生まれた扱いされるのもどうだろう。他にもいるよ、俺と誕生日一緒の子。

「え~、じゃあ俺四月一日じゃなくていいよ。誕生日違う日にするね」
「あ゛!? なんでだよ、俺の復活した日にしとけよ」
「勘弁してほしいって言ったの誰だっけ」

なにこれ。どうしてほしいのこの子。
なんでいきなり不機嫌になるわけ。こじつけたくないんじゃなかったの。

「つーかテメーのボロボロこぼす情報つなぎあわせて当てにきてんだぞ俺は。合ってるならちゃんとそう言えよ」
「誕生日の情報?」
「身体が小さいから幼稚園の時ママゴトしたらいつも赤ちゃん役だったとか、ケーキの上にイチゴを山盛りのっけてもらっただとか、誕生日は休みだから当日祝ってもらいにくかったとか」

確かにそういう細かいネタつなぎあわせて春生まれかなとか長期休みだなとか予想つけるけど。
でもそれは俺の得意な事で。千空ちゃんは苦手で、しなくて、だから俺が居たわけで。
いや素直に聞きなよ、誕生日くらい。教えるよそんなことくらい。

「男は誕生日を言ったりしないとか、めんどくせえことぬかしやがるから」

あー、千空ちゃんがかわいくないこと言ってたから真似してやったことある。え、でもあれジーマーで初期の初期、村に居た頃じゃん。
ええと、つまり、十年以上もずっと、ひたすら、俺の話す情報の欠片を拾い集めて形にして。
ただ俺の誕生日を知りたいがためだけに? 千空ちゃんが?
……バイヤー。

「そっかそっか、改めて俺がジーマーでお役立ちなゴイスーできる男って理解してくれちゃったわけね。誕生日とかいい機会だもんね、そういうのあると感謝の気持ちとか伝えやすいよね~」

わかるわかると頷けば、少し落ち着いた千空ちゃんが拗ねた口調で言い募る。

「テメー結局月行きの前も欲しいもの言わなかっただろ。なんかねえのかよ」
「そう言われてもねぇ」

たまに顔を合わせてコーラをねだって、その程度で十分なんだけど。俺の想定以上に高評価してくれている千空ちゃんは、どうにも納得してくれなさそう。
とにかく何かしら行動に移せれば、少しはガス抜きになるだろうか。
外交官もどきなんてしてるから俺のこと目について、つい考えちゃうんだろうな。

「じゃあさ、同じことするのはどう?」

俺に世話になったと自覚した千空ちゃんは、お返しをしないとどうにも落ち着かないのだろう。
自己犠牲とかじゃなく俺のしたいことと上手くかみあっただけなんだけど、感謝の気持ちを伝えたいのはわかる。俺も千空ちゃんに対して同じことを思っているから。世界を諦めないでいてくれてありがとうって。
したいことをしただけだ、って言うんだろうけどね。
だから。

「俺がして千空ちゃんが助かったことをお返しでしてくれたらいいよ。あああれ助かったんだな~って俺もわかってうれしいし」

たまに助けて~って泣きまねしながら遊びに行くから、仕方ねえなって笑ってよ。
そこに居る、いつでも会える。約束があるだけで大丈夫になる。

「そんなんでいいのかよ」
「え~、大変だよ? マンガン電池八百個だ、って言ったらちゃんと作ってくれないと」
「確かにテメーの丁寧な作業は助かったが」

何に使うんだよと笑う姿にホッとする。
本当に、したいことをしていただけだから今更蒸し返されると困る。夢見が悪かっただけなんだよ。だって出会った頃の千空ちゃんはただの子どもで。
世話を焼いたのも、必要以上に構ったのも、責任を一緒に背負おうとしたのも。
全部俺がしたかったからだ。
俺が居ないとダメなんだろうなって思いたかった。千空ちゃんは大丈夫なのに。一人きりで復活して、仲間を見つけて、俺が居なくてもなんの問題もないのに。
生き延びる理由に、千空ちゃんを加えたのはこちらだ。俺が居ないとダメな子が居る、なんて勝手に決めつけて思い入れて、スポットライトのひとつもない石世界での原動力にした。

それがいつから形を変えたのかはわからない。
まっすぐロケットに歩いていく背中がやけに大きく見えた時には、この気持ちをなくすことを諦めたからもっと以前なんだろう。
傍に居て助けているつもりだった。必要とされることで俺自身もまた奮い立っていた。
だけど千空ちゃんはずっと一人で大丈夫で、俺はただ意味もなくそこに居ただけ。居たかったから。理由がいつからか変わって、けれど行動は同じ。変わらない。
ライト代りにしていた光が、思っていたより強かった。それだけ。

「あと……そうだな~、車の運転もしてもらっちゃお」
「任せろ、どこでも連れてってやる」
「ジーマーで!? じゃあ今度日本戻った時は空港までお迎えお願いしまーす」

俺に何か感謝を表したいムーブは落ち着いただろうか。俺は適度に千空ちゃんに会えるし、千空ちゃんは感謝を形にできるし、いい落としどころが見つかってよかった。

 

◆◆◆

 

「そういえば今回わざわざアポとって俺に会いに来たの、結局なんだったの」
「誕生日祝いしかねえだろ」
「一日ってほぼ確信してたくせに二日に来ておいて?」
「……テメーが俺のために存在してるって運命を目の当たりにしたら、まずいだろ」
「いやだから俺は俺のだからね!?」

というか、復活した日と誕生日が同じだからって勝手に運命持ち出さないでほしい。偶然だし。

「ところで籍はいつ入れる?」
「はい?」
「式は準備に時間かかるだろ、どうせなら次のテメーの誕生日に式すっか」

わー千空ちゃん詳しい~大樹ちゃんと杠ちゃんの結婚式で学んだのかな、盛大なお式でよかったよねぇ。……じゃなくて。

「待って、なんか俺聞き逃してた? 話の流れが」
「テメーにしてもらって助かったことをする、んだろ。そうしたら結婚になるだろうが」
「マンガン電池が???」
「うれしい時もつらい時も傍に居て寄り添って、望む未来のために一緒にがんばってくれたんだわ。同じことを俺も返すんだろ。こんなもんもう結婚じゃねえか」
「それは確かに結婚、……いや俺がしたことだよ?」
「してもらってんだよな、出会ってこの方ずっと」

いつ、とか。したことない、とか。
言うべき事はたくさんあって、否定しなきゃいけなくて、なのに千空ちゃんはとんでもなく晴れやかに笑っていて。
さっきまでしかめ面してたじゃん。
勘弁しろって言ってたじゃん。
なにそれ調子いいの。いけると思ったらガンガン行くの、いつそんな子になったわけ。……最初からだな。出会った頃からずっと、こうだな千空ちゃん。

「ゲン、結婚しようぜ」

今度は俺が傍に居る、なんてそんなの。
俺が千空ちゃんの傍に居たいから、勝手に居たんだよ。自分のためで、千空ちゃんの事思いやってたとかじゃなくて、ただ居たかったから。
だから引け目に感じたりお返し考えたりしなくていいんだよ。そう一生懸命説得したのに、千空ちゃんは笑うばかりでちっとも前言撤回してくれない。
本当に、キミの好きなロマンとか運命とか、そういうのじゃないんだけど。

「幸せにしてやるよ。幸せにしてもらってっから」
「強気~。俺もうすでにゴイスー幸せだからさ、ここからまだ幸せにするとかハードル高いよジーマーで」
「……テメーそれはワザとか? メンタリスト様の手腕か??」
「なに?」
「あ゛~、俺にプロポーズされて嫌じゃねえんだよな?」
「うん? ハッピーに決まってんじゃん、千空ちゃんに好かれてんだよ? だからここからまだ上とか無茶な事言うねって話」
「……宇宙で一番幸せにしてやるわ」
「規模が大きい」

気が抜けたのかしゃがみこんだ千空ちゃんの頭を撫でてみる。
ずっと一緒に居たけど初めてだな。まあ年頃の男の子の頭撫でたりしないもんね、一般的に。親でも兄弟でもないんだから。
でも俺の手を千空ちゃんは拒まない。
そうか、結婚するなら家族になるんだから、頭を撫でてもいいんだ。堂々と慰めていいんだ。

「千空ちゃん、なんか俺わりと結婚してきたくなったかも」
「そりゃおありがてぇな」

俺は千空ちゃんのために生まれてないし、生きてもない。運命とかそういうのじゃ全くない。全部自分で選んだ、俺の、俺だけの。
でもこれから千空ちゃんと一緒に生きるのは楽しいかもしれない。
だってもう結構、今の時点で宇宙で一番レベルに幸せなので。