自覚したなら恋の底 - 1/2

目が覚めたら全裸で、隣にも全裸の人間が横たわっていた場合の昨夜の行動を答えよ。
ちなみに双方酒を浴びるほど飲んでいたとする。

 

 

ガンガン痛む頭を抱えながら千空は、腹にかかっていた布団をそっとめくった。はいていない。なるほど道理で開放感が、ではない。もう少し布団をめくってみれば、なまっちろい背中が目に飛び込んできて慌てて手を離す。
ばさ、と布団が勢いよく隣の男の白黒頭にかかった。
そう。男。こちらは全裸で、隣に転がっている男も見た限り服を着ていなくて、千空達が寝ている布団は一組。
しかもこう、認めたくないがこんな髪色の人間、千空の知る限りただ一人。
隣でばたばたしすぎたせいか、頭にかかった布団をそのままにゲンがゆっくり起き上がった。千空を見、己が布団一枚しか身にまとっていないことを確認し、もう一度千空に視線を向けて。

「……えぇと」
「おう」
「お、はよ~。昨日は結構いっぱい飲んでたね千空ちゃん」
「あ゛~、テメーもな」
「ちょっと飲みすぎちゃったみたい。……つかぬことをお聞きしますが」

どうしても自分たちの現状から目をそらせなかったらしく、ゲンが苦渋の選択といった顔をした。おそらく千空も同じ顔をしている。

「……昨日、なにがあったか覚えてる……?」

まるで覚えていないがこの状況をなんと呼ぶかくらいは千空とてわかる。
所謂、朝チュンというやつだ。

 

◆◆◆

 

しこたま飲んだことは覚えている。
宝島から戻った祝いだと、科学王国民総出で宴を開いたのだ。常は適当なところで抜ける千空とて、今回ばかりは最後まで楽しむつもりだった。おそらくゲンもそうだったのだろう。コーラ専門だから、と普段はめったに飲まない酒を手にしていたのは見た。

「テメーがマジックしてたのは覚えてる」
「それゴイスー最初の方じゃん。スイカちゃん達が歌ってたのは?」
「ベル鳴らしてたやつだな、見た。あ゛~、コハクが腕相撲チャンピオンになってたのは覚えてるか?」
「え、トーナメント表はつくったけど結局どうなったんだっけ……」
「煽りまくって誰が勝つか賭けさせてたぞ、胴元」
「ジーマーで!? 全然記憶にない……がっつり稼いでた?」
「そこかよ。いや、酒だの飯だの貢がれてたな」

気持ちいいくらい儲けて食べ物に埋もれていたゲンの姿がなんとなく記憶の片隅にある。なるほどあれを楽しく消費しての、現在。
身支度を整えた二人はとりあえず現状を把握しようと努力していた。
いや、把握ではない。なんとかごまかせないかとお互いに記憶のすり合わせをしている。

「う゛~っ、認める! メンゴ、千空ちゃん俺もうダメ。どう考えてもやっちゃってる」

がばりとゲンが頭を下げた。座ったままの姿勢がまるで土下座されてるように見え、つい千空も慌ててしまう。
まったくもって認めたくないし、ありえないと信じたい。だが手を出したかどうかで謝るならば、千空の方だろう。なんせ尻が痛くない。つまり千空がゲンの尻に……いやないが! ないと自分自身を信じているが!!
しかし実際問題、全裸朝チュンの事後とわかりやすすぎる状況で、やっていないと言うのも逃げではないだろうか。男として卑怯では。いくら記憶にないからといっても、なかったことにするのは。
いや。いやいやいやいやいや待て。落ち着け。

「諦めんな! 記憶がないからってその間に俺らがどうこうなったとか、ありえねえだろ!!」
「事実は小説より奇なり、って言うじゃん……せめて服を着てたら……」
「寝てる間にうっかり脱いだかもしれねえだろ!」
「ふんどしまで?」

可能性をことごとく潰され、千空はぐっと押し黙った。
無茶を言っている。そう、わかってはいるのだ。千空のものはともかく、ゲンの脱ぎ着しにくい服をすべて脱いでいる時点でも怪しいというのに、ふんどしまで寝ている間に脱ぐのはさすがに無理がある。そう理解していても、千空としてはどうしても認めたくない。
酒の勢いで初体験もちょっとどうかと思うが、相手がなぜゲン。
これまで具体的に考えたことはなかったが、それでも性行為は恋人と行うものだという知識くらい千空にだってある。自分も相手を好きで、相手も自分を好きな、つまりは大樹と杠のような関係になってから。まああそこ二人もまだまだ先は長いわけだが、それはそれとして。
それを記憶にないにしてもこの男と。

「そもそもテメーも男相手にってナシだろうが」

ハーレムを作ろうなどと嘯いていた女好きにできるはずがない。
がっちり反論を決めてやったと思いきや、ゲンはさっと視線をそらした。気まずげにあーだのうーだの呟き、いつものペラペラが出てこない。

「あの、こんな時に言うのはなんだけど」
「あ゛ぁ゛?」
「……俺、いけちゃうんだよね……千空ちゃんなら」

ちらりと伺うよう向けられるまなざしが千空の鼻先をかすめる。あ゛? 行ける? どこにだ??

「千空ちゃんもさ、気づかなかっただけでいけるんじゃない? だって酔ってたといえ一度は大丈夫だったわけだし」

太ももにそっと手を置かれ、驚きで思わず肩が跳ねる。
いつの間にか体温を感じるほどに近くに座っていたゲンが、千空の腰をそっと抱いた。抱いた???

「一度したなら二度も三度も同じことだよね?」
「いや、そうとは」

限らねえだろ、と言う前に唇に指先を当てられる。なに。なんだ。ゲンとの距離は近い方だと思ってはいたが、それにしてもこの距離はなんだか。
耳元でささやくみたいに話したり、無意味に体に触れたり、これまでされたことのないことをするゲンの目的がよめない。
目を白黒させている千空がよほど面白かったのか、ふきだしたゲンの吐息が頬にあたる。近い。尻をずらして距離をとろうとするも、腰に回された腕が予想外に力強く動けない。

「ピンチをチャンスに、ってのとはちょっと違うけど。せっかくだから」

唇に触れたままだった指先を頬にすべらせ、わざわざ千空の顔をのぞきこんでゲンはにっこり微笑んだ。

「千空ちゃん好きだよ♡ おつきあい、しよ?」

 

◆◆◆

 

人影がないことを確認してから、千空はやっと一息ついた。
髪を揺らす心地よい風、木漏れ日、遠くから聞こえる歓声は村の子ども達のものだろう。今日はゲンが教師役の日だから、こちらに来る予定はない。が、いつどこに出てくるかわからない神出鬼没な男に油断はできない。
ふ、とため息とともに座り込む。役立ちそうな草を探しに行く、という名目で出てきたものの手を動かす気になれない。

「……あ゛~」

先日、ゲンに告白された。
まったく気づいていなかったが、以前から千空に惚れていたらしい。
予想外ではあったが今後の関係性を悪くしたくはない。千空としては可能な限り気を遣い丁重にお断りしたのだが、じゃあこれからそういう風に見てよとニコニコ返されてどうしたらいいのかわからない。そういう風にってなんだ。断ったら終わりじゃないのか。
ゲンとしては、酔った勢いでセックスできたなら大丈夫じゃない? が根拠らしい。いや無理だろ。まるで記憶がないが、千空はこれまで一度たりとも男とそういうことをしたいと思ったことはない。酒の勢いで、というならつまり勢いがなければどうにもならないのだ。そしてつきあうだのなんだのは勢いまかせではなく慎重に考えるべき事だろう。

どれほどそう訴えても、うんうんそうだねと頷きながらゲンは猛攻を仕掛けてくる。
まず距離が圧倒的に近くなった。隣に座れば腕が触れ、意味なく頭を撫でられ、驚いて千空が文句を言えばケラケラ笑う。嫌ならしないよ、と言うくせにこちらの文句を一切聞かないのはどういうことだ。
もとよりスキンシップの多い男であったが、ゴイスーだのバイヤーだの言いながら千空に抱きつくほどではなかった。ぎゅうと胴体に腕を回され背後から計画書を覗き込まれるのは落ち着かない。勘弁してくれ。ふわふわと花の匂いがし、自分のものではない体温が背中や腕に寄せられるとつい想像してしまうのだ。

あの夜もこうだったのか、と。
しこたま酔って記憶をなくしゲンと二人過ごした夜も、この男はこうだったのだろうか。

甘ったるい声で名を呼び、大切なものに触れるようにそっと指先で千空の頬に触れ、そのくせ愛おしさがあふれ出したかのように力任せに抱きしめる。好きだよと繰り返し告げながら千空にすり寄る身体は温かく、固い男の肉体のはずなのに何もかもを受け止めるような気配を漂わせて。
肌に直接触れたらもっと温かいのだろうか。それとも色そのままにひやりと冷たいのかもしれない。常に布に覆われめったに露出しない胸や腹は白かった。あの朝見たきりだから今はわからない。
千空の額に触れヒビを撫でた指先は温かかった、かもしれない。わからない。すぐに避け、跳ねのけているから温度など。どれほど千空が断っても、拒んでも、仕方がないなぁとばかりに微笑んで。
とんでもなく大切な、まるで宝物を呼ぶような声をして、千空の名を。

「……いや待て、違う」

落ち着け。今のはなんだ。脳が茹だっているのか。
ゲンから離れ落ち着いて対策を練るためにこんな森の奥まで来たというのに、先ほどからただあの男のここ最近の行動を思い返すだけで何一つ考えがまとまらない。それどころか指先の温度だの声音だのまるで意味のない事を。

「対策。そうだ、まず明確な目標とそこに至るためのロードマップを作って」

つきあわない。
だからゲンの好意を受け取らない。

そのためには距離を取って、好きだと言われないようにして、もう触れるなときちんと告げて。
いやすでに告げている。そういう風にテメーを見たことはない、と最初にお断りしているというのにいいじゃんいいじゃんと押されているのだ。だってセックスできたでしょ、ならそういう風にだって見れるでしょ。
そう言われると千空は弱い。酒に酔っていたといえ手を出したのは事実だ。ゲンに、そういうことをしてしまったのだから、責任をとれと言われればとるしかない。
……いや言われてはいない。ゲンは、責任を取れではなく好きだからつきあおうと言っている。そういう風にこれから見て、と。
周囲に人が居る時はこれまで通り、同盟相手。二人きりになった時だけうれしそうに笑って距離を詰める。好きだと言い、愛おしそうに千空に触れ、けれど無理強いはしてこない。

「あ゛~」

わかっているのだ。悪いやつではない。アピールだって、千空が困らないよう人目のないところでだけ。こちらのことを考え、気を遣い、あくまでも好意を理由に。
責任を取れと言えば千空と名目上だけは恋人になれる。酒の勢いといえ男同士、一方的にどうにかできるわけもない。おそらく千空も、なぜか乗り気だったのだろう。そこに責任問題を出されれば、うなずくより他にない。
それなのにゲンは、一度たりともそれを口にしない。
できたんだから男同士でも大丈夫だよ、とは言っても責任を取れとは言わない。千空ちゃんも結構俺のこと好きかもしれないよ、これからそういう目で俺のこと見てみてよ。あくまでも千空の意志を優先し、可能性だけを語る。
いっそ無理強いしてくれれば。

「……なに考えてんだ。そういうヤツじゃねえだろ」

つきあわない、と決めているのはなぜだ。
ゲンが男だからか。だがセックスできてしまっている。男は勃たなけりゃ挿れられない。勃起したのだろう、あいつで。

正直わからなくもない。これまで気に留めていなかっただけで、傍に寄られれば妙にいい匂いがするし人肌は気持ちいい。先日ひたりとひっつけられた頬はすべらかだった。襟元を緩めていればつい視線をやってしまうのを「えっち」と口パクで揶揄された時にはショックで持っていた材木を落とした。えっち、て。えっちか。そうか。いや違うだろう同年代の男だ。別に見るものなどなにも……まあ見ていたわけだが。本人に気づかれる程に。だって隠されていればあそこに口づけたのだろうかと想像してしまうだろう、仕方ない。

ひらひら動く袖も、光を反射する白い髪も、揺れたりきらめいたりするものは問答無用で視線を集めるのだ。ゲンがそういう風に己を作っているのだから、千空がつい見てしまうのは当然のことで。おそらく千空だけ特別ではない、他にも皆。は? 誰だあいつのことそういう風に見てるヤツは。ふざけんな布一枚で目惹かれてんじゃねえぞ。

違う。混乱している。男で、ゲンで、だけどまあ。おそらく、そういう風に見られるし、できる。
だがそこに気持ちがないのに、セックスできるからつきあうというのはないだろう。
確かにここ最近、ついゲンにそういう目を向けてしまうことがある。あの夜はこうだったのか、と想像してしまったり、これまで気にも留めなかった仕草に惹かれたり。だがそれはあくまでセックスをしたから。だから思考がそちらに引っ張られているだけで、ゲン本人に恋愛感情があるかと問われれば、ない。
恋愛感情がない相手とつきあうなどと、千空は考えたこともない。

今は恋でなくてよい、そういう対象として見てほしいとゲンは言う。だがそういう対象に見るのはそもそも好意を抱いている相手だろう。
待て。その考え方で行くとまるで、千空がゲンのことを。

「あ゛ぁ゛~っ、ちくしょう!」

健気だな、と思ってしまったのだ。うっかり。
断っても文句を言ってもへらへら寄ってくるくせに、千空が本気で拒否しない境界を見定め好意を告げてくるゲンの事を。
責任を取れの一言で千空は首を縦に振るし、メンタリストならもっと簡単に丸め込めるだろう。現状、情けないほどにグラグラだ。こんな状態の千空など赤子の手をひねるようなものだろう。それなのに、することといえば好きだ好きだと笑うばかりで。

いや違う。これはセックスしたから引っ張られているだけ。あのあくどい面をしたメンタリストがかわいく見えたり、へにゃへにゃした顔に鼓動が早まったりするわけがない。
寝たから。セックスしたから。だからあれをそういう風に見てしまうだけで。
いい匂いがする原因を確かめたいのも、指先の温度を知りたいのも、抱きしめてくる相手を抱きしめ返したらどんな顔をするのか見たいのも。全部好奇心で、セックスをしたからで、だからゲンがどうこうではない。
そばに寄られて抱きつかれてちんこが妙にイラつくのは絶対に違う。勘違いだ。そういう行為をまるでしていないから溜まっているのだ、きっと。抜けばこんな脳のバグどこかへ行ってしまうに違いない。いや、抜いたのか。それどころかセックスをした、のだ。

「だから! ちげぇ!!」
「なにが?」
「っう゛ぉ!??」
「おっつ~。さっきからジタバタ忙しそうだけどどうしたの? なんか行き詰っちゃってる感じ?」

今一番視界に入れたくなかった顔が唐突に現れ、千空は思わず叫んだ。
なんでテメーの方が背が高いのにそう下から見上げてくるんだ。おかしいだろ。かわいこぶるな、テメーの売りはかわいいじゃないだろ、もっとこう、……じゃねーよまずかわいくはないのだ。売りを考えている場合ではない。

「ロードマップ、今度はなに作るの?」
「……テメーいつから見てやがった」
「んふふ。千空ちゃんが俺を傷つけないようにするにはどうしたらいいか悩んでたあたりかな~」
「っ、あ゛~、それは」
「わかってるよ、俺は男とつきあうなんざ考えたことねえから無理だ、でしょ」

ゲンに告げた断りの文句を繰り返され、あまりの気まずさに二の句が継げない。千空なりに誠意をもって断ったつもりだが、目の前で言われるともう少し言い様があっただろうともどかしい。
嫌悪感や忌避感があるわけじゃない。ゲンから離れたいとも思っていない。ただ追いつかない。あまりの急展開に頭が追い付いていないのだ。せめて考える時間が欲しい、と思うのだがそれではまるでつきあうかどうか考えさせてほしい、のようで。つきあうつもりは一切ないのでそんな希望を与えるようなことは言えない。だが待ってほしい、というのは千空の本心だ。

考えさせてほしい。落ち着かせてくれ。だが落ち着いて考えてなにがどうなる、と問われればなにもどうならない。ゲンにうまい言葉で断れるのかと考えれば、言葉のプロに太刀打ちできるはずもない。告げた言葉以上のものはなにも返せない。

「俺としてはさ、せっかくのチャンスだし可能性は捨てたくないわけ。千空ちゃんに本気で拒否されてるんじゃないのもわかっちゃうから、どうしても諦めきれなくて」
「……悪い」
「謝らないでよ~。あの日だってさ、たぶん俺の方が押せ押せでしちゃったんだろうし」

男同士、受け入れる方が拒めば似たような体型の二人は何もできなかっただろう。だからゲンの言う通り、こいつも望んで千空を招き入れたのだ。自分の内に。体内に。
布や紐が巻かれた薄い腹につい視線が行く。こんなところに受け入れてくれたのか、千空を。
いくら興味がなかったといえ、男同士でどこを使いどうするかくらいは千空とて知っている。ゲンが、今はズボンと上着に隠された細い足を開き千空を。全裸だったのだからその時だって脱いでいたのだろう。後ろから抱きついてくる骨ばった身体を自分から抱きしめ、穿ち、胎に。どんな表情をしていたのだろう。声は。指先はどこに。千空の背に回されていただろうか。千空の背にも肩にも痛みなど欠片もなかった。せめて傷でもつけておいてくれれば。

「だからさ、仕切り直ししない?」

パン、と空気を変えるように手を打たれ千空はびくりと背を伸ばした。
なんだ。何を考えていた。これじゃあまるで。

「酔って前後不覚になってたからやっちゃったわけでしょ。だから素面の今はそういうのリームーって千空ちゃんはお断りしてるわけじゃん」
「まあ、そうだな」
「つまり素面でもできれば何の問題もない」
「そう……いやそうはならねえだろ」
「なんで。結構俺のこと好きでいてくれてるのは知ってるし、ならセックスできちゃえば問題ないでしょ」
「いやだからつきあうだのなんだのは勢いで決める事じゃねえだろ」
「話し合いで決めることでもないかなぁ」
「そもそもお互い好意持って、そっからつきあうとかどうとかで」
「おつきあいしてから恋したらいいじゃん、俺に。千空ちゃんが真面目に考えてくれてるのはわかるけどさ、これ以上科学王国の頭脳独り占めするのはさすがの俺もちょっとね」

告白されてからことあるごとに悩んでいたことを言い当てられ、思わず口ごもる。
違う。どうやったらゲンが諦めてくれるかを考えていたのであって、そんなうれしそうに笑うような内容じゃない。あの夜のゲンがどうだったのか、につい頭が引っ張られてすぐ脱線するからまるで考えが進まなくて。
ゲンのことを思いやっていたわけでも真面目につきあう可能性をかんがえていたわけでもない。
それなのにこんな、あけっぴろげな好意を前面に出して。メンタリストはどこいったよ、おい。今のテメーを見たら誰一人裏切り者だのコウモリ男だの言わないからな。

「ねえ千空ちゃん、何事もまずトライなんでしょ? できなかったらちゃんと諦めるから、チャレンジだけしてみよ!」
「……本当に諦めるんだな?」
「うん! 即おつきあいは諦めて地道に落とすように路線変更する~」
「あ゛?」
「うそうそ、諦めるようにがんばるしもう千空ちゃんに迫らないから」

押せ押せではなく地道にゆっくり進めてくれるなら。……違ぇよ諦めてくれるならおありがてえ、だ。流されてんな、しっかりしろ俺。
ゲンと、酒の勢いではなく素面でセックスができたなら、それはつまり好意があるということだ。
ならばもう断る必要はない。拒まなくていい。
酔った勢いでそういうことは決めるべきではないし、つきあうのは好意がある者同士。これまでゲンとそうなることを一切考えたことなどなかったが、先日からやたら距離が近くとも不快感はなかった。困惑と動揺はしたが、嫌悪はない。考える時間はゲンの言うところめいっぱいあった。

「ゲン、できなかった場合」

地道に千空を口説き落とす方向に路線変更、してくれるなら構わない。そう告げるのはおかしいということはわかっている。諦めろ、と言うべきなのだ。千空はずっとそう言ってきたし、ゲンから逃げまわっていたのだから。だから。

「できないことばっか考えてるけど、千空ちゃん覚悟しなよ? できたら即おつきあい開始しちゃうからね」

にやりと笑ったメンタリストは、もう恋人のような顔をしていた。