瓢箪から恋

「うん、気づいてなかったかい? ゲンは女性だよ」

司の落ち着いた声は、さほど大きくもなかったというのに賑やかな宴の中、やけに響いた。

 

◆◆◆

 

そもそもは未来からのアドバイスであった。
自身が同年代からあまり親しまれないことを気に病んでいた兄に、ボケればよいと案を出した少女に悪気はなかった。ツッコミはこの生真面目な兄には無理であろうが、わかりやすくボケれば誰かがツッコミを入れてくれる。笑いを緩衝材にそのうち周囲と親しめるだろう、という考えに罪はない。
そして司も思い出していた。千空と大樹と司、三人きりで過ごしていた日々、確かに千空は大樹にツッコんでは笑っていたことを。
なるほど、あれを自分も。未来の懸念通り、勢いよくツッコむのは難しそうだがボケるのはなんとかなるかもしれない。未だ作れるはずもない状況下の「スマホか!」のように、どう考えても嘘だとわかる発言をすればいいのだ。

司の渾身のボケは、だが笑いでも親しみでもなく戸惑いをもって迎えられた。
女……女? あいつが女……嘘だろ……。
ざわつく空気。
笑い飛ばすには彼らは現実を知らなかった。そして司が冗談を言うなどと思いもよらなかった。司さんが言うならなにかあるのでは、という信頼が逆風を吹かせてしまった。
その場に羽京や陽のように、女性とつきあったことのある者がいればよかった。もしくは女性が一人でもいれば。ありえないでしょ、と笑い飛ばせる人間が。
だがこの日、たまには同年代でと成人組は別れて飲み、女性は女子会だと別に集まっていた。十代の若者ばかりだからこそ、ボケて親しまれよう作戦が決行されたのだ。司ちゃんや千空ちゃんと王国民の皆を親しませよう大作戦が暗礁に乗り上げそうになった瞬間である。

「……いや、あいつは」

あまりの発言に司の正気を疑いかけていた千空が否定しようと口を開いた途端、周囲の青少年達の視線が一気に集中した。

「女……女の子なのか。どうなんだ、知ってるのか!?」
「いやでも胸がないぞ」
「バカ野郎デリカシーのない発言すんな! ペタン子こそ至高って説も」

いつもならありえないと笑い飛ばす発言。
だが彼らは酔っていた。そして無知だった。
南に推薦される程に実力のあるアスリートであった彼らは、彼女と青春を謳歌するより競技を選んだ者ばかりだ。自分より小さく細いのが女の子だな、程度の荒い認識しか持たない。
そしてゲンは、あまりに彼らと違った。
身長はそれなりにあるがひょろひょろと細い外見、穏やかな口調、やけに着込んだ服。

「そういえば俺が力仕事してる時すげえ褒めてくれて」
「俺の時もだ! ……男なら情けなくて物もてないとか言わないよな……」
「そりゃ重いもん運ぶのが嫌でテメーらをのせただけだろ」
「服、俺らとは違うよな……あんなに着てるの、やっぱり女の子の恥じらいってやつなんじゃ」
「色もわざわざ染めておしゃれだよな……女の子らしいとこあるんだな、あいつ……」
「ねぇわ。ありゃあちこちに仕込むために着込んでるだけだ」
「こないだ隣に座ったらふわってすげえいい匂いがして……あれこそ女の子の匂いっていうか」
「手軽に補充できるタネが花だから常時携帯してんだよ。あといい匂いなのは飯のだろ。フランソワの手伝いしたら匂いつくんだよ、布は匂い移りしやすいしあいつ布面積多いし」
「わかる! いい匂いするよな!! あと食べる量が少なくて」
「あ~! 少ないんだよ、そう! なんだろうな、一口が小さくて食べるの遅いんだよ」

律儀に訂正を試みるもまるで止まらない勢いに、千空は困惑するしかない。
ゲンだぞ? 細いといっても女のような体型ではないし、骨格はしっかり男のものだ。身長だって千空より高いし脚力もある、手のひらも大きくマジシャンとして鍛えているのか指の力がすごい。
あの、どこからどう見ても男でしかない存在になんだこれは。食べる量が少ないのは胃の容量の問題だ。

「仕草もこう、たおやかって感じがするよな。隠しきれない女の子らしさっていうか」
「わかる。正座とか」
「食べる時に髪の毛すって耳にかけるのが俺としては」
「わかる! 大和撫子感な!!」

わからない。確かにゲンは正座で座ることが多いし長い横の髪が邪魔なのかたまに耳にかける。だがそれのなにをもってして女だということになるのか、千空には欠片も理解できない。
だが現実の女性とさほど接触しないまま育った夢見がちな青少年達は、酒と仲間との会話の勢いによりどんどん盛り上がる。
3700年前にはあった、アイドルのグラビア写真集もDVDもこの世界にはない。石化前、クラスの半数は女性であったのに、復活者の大半は男性だ。しかも数少ない復活者の女性は、筋肉のしっかりついたアスリートばかり。石神村の女性もまた、この世界で生き延びてきた、しっかりとした骨と筋肉の肉感的な女性ばかり。数少ないこれまで知っていた普通の女の子、の杠と南は大樹と司に申し訳なくてあれこれ言いにくい。
つまり彼らは、目新しいおもちゃに夢中になっていたのだ。
だが千空にはそれがわかっていなかった。本心から彼らがゲンを女性だと思い込んだと戸惑った。

「落ち着けテメーら、そもそもあいつは」
「あいつ! あいつ呼び!」
「ダメだぞそういう上からの呼び方は。偉そうなのは嫌われるって3700年前から決まってるんだ」
「そうだよ、あれか? 亭主関白のつもりならもう古いから」
「え、そうなのか!? 亭主!」
「あ゛!? 待て、なんでそうなる!」

思いもよらない方向に話が転がりだし、千空は慌てて流れを止めようとした。
だが酒の勢いは凄まじく、濁流に足を取られれば一緒に流されるしかない。

「違うのか? じゃあ俺今度一緒に飯でもって誘ってみよっかな。魚の骨とるの苦手なんでって言ったら取ってくれないかな」
「ふざけんな、魚の骨くらい自分で取れ」
「んだよ妬かなくても俺らと食べてなんてくれないって。千空ちゃんに差し入れしてくる~、って行っちゃうじゃん」
「あ゛ぁ゛!?」
「だよなぁ。あ~いいよなぁ、俺も疲れた頃合い見計らって休憩しよってお茶とか持ってきてくれる彼女ほしい……笑顔で労わってほしい……」
「いいよな笑顔……がんばってるねって褒められたい……でもたまにワガママ言われたりしたい……」
「細い指でおでこツンされて𠮟られたいな俺は……無理しちゃダメって言ったでしょ、とか」
「甘い物口に入れてくれてご褒美だよっていたずらっ子みたいに笑うんだよ、縁側で膝枕してくれてる時にさぁ」
「肩もんでガチガチって笑うんだけど、あれ本当は俺に構ってほしいだけなんだよな……はぁかわいい」
「普段甘やかしてくれるのにたまに甘えてくんのが至高じゃね? なにもないよって言いながらぺったり俺にひっついてくんだよ」

うっとり語る彼らの脳内に居るのはすでにゲンではなく、それぞれの理想の彼女だ。縁側で、などと現状ありえないシチュエーションまで登場している。
だが、ただ一人呆然とした顔の男が一人。

「……おい、さっきからテメーらがくっちゃべってるあれやこれやをもしやってるなら」
「んなのもう彼女だろ! つきあってんじゃん!! あ~、俺もかわいい彼女ほしー!」
「全部じゃないが」
「ひとつでも十分だって。つきあってない子がそんなのしてくれるわけないだろ」
「いや、だが女じゃないなら」
「男だ女だって関係あるかよ、そんだけこっちのこと気にかけてくれる子だぞ!? 責任とるべきだろ!」
「責任」
「そもそも好かれてなかったら女の子が笑顔で寄ってくるわけねーし。そんだけアピられて知りませんでしたとか男としてありえねえわ」
「だよな。つーかそんだけ好きアピしてんなら他の男は最初から対象外にするだろ、そしたらその子、そいつが娶らねえと行き遅れになるじゃねえか」
「行き遅れ」
「これまでならともかく、この世界じゃ女一人で生きてくのも厳しいしな……責任とるつもりないならさっさと断ってやるべきだよなぁ」
「……一人で生きていけるヤツなら」
「つーかこれ本人話!? え、そんな好かれまくってて責任とるつもりねえのに村長とかリーダーとか無理じゃね!?」

 

◆◆◆

 

後日、最近妙な視線を感じると首をひねっていたゲンがやたら裸のつきあいを慣行しどこからどう見ても男であると科学王国中に納得させ、男であることは重々承知の上で責任をとるとリーダーからおつきあいを申し込まれたりした。
司はワクワク待っているが、ボケに対するツッコミは未だない。