宴会での、よくある流れだった。
「なんかゲンってよぉ、飲み屋のネーチャンみてぇだよな。千空に対して」
「ちょっと~陽ちゃん酔いすぎじゃない?」
「ガールズバーの店員のが近くない?」
「南ちゃんまで!? 俺としては近所の優しいお兄さんっていうか」
「ガルバよかもうちょっとスナックよりっつーか」
「お店がどこかって話はしてないんだよね~」
今回に限り酒の席だからと流せなかったのは、当の本人である千空ちゃんまでもが否定しなかったからだ。
「まあ、わからなくもねぇ」
「千空ちゃんはわかっちゃダメだよね!?」
なんで石化前未成年がサービス業のお姉さんについて詳しいの。
こら、と叱ればそういうとこだと声を揃えられる。ウソでしょ、今のは年上として当たり前の行動ですけど。
「わかるよ、それは。でもね、諦めな」
「羽京ちゃん! 俺、近所の優しいお兄さんポジだよね!?」
同じポジションで見守ってる羽京ちゃんならわかってくれるはず。そう期待していた時もありました。
「誰がどう見ても、キミの千空に対する態度はぼったくりバーのお姉さんだよ」
「ドイヒー!!」
◆◆◆
優しいお兄さん、を一緒にがんばってるつもりだった羽京ちゃんからのダメ押しはさすがに効いた。
だからといって今更、とか無駄なあがきなんて羽京ちゃんはうるさいけど、ちゃっかりよきお兄さんポジをかっさらっていった人は口出ししないでほしい。
そもそも俺の外見だけでいえば、お姉さん扱いされるわけがない。
石世界の基準だとちょっと筋肉が少なめなだけで、身長もあるし骨ばった硬い肉体だ。なんなら顔とか羽京ちゃんの方がよっぽどかわいい。
それなのにサービス業のお姉さん枠なの、皆、絶対面白がってるだけだと思う。
――千空ちゃんをのぞいて。
よくある流れなんだよね。別に本気じゃなく、お酒入って浮かれてるから適当な事言ってゲラゲラ笑って。前もさ、俺の千空ちゃんに対する態度、合コンさしすせそみたいって笑いあったことあるし。
いや、本当に思ってはいるのよバイヤーって。何してんのかわかんないけどゴイスーことしてんだなってことはわかるじゃん。だから率直に感情表現してるんだけど、うん、千空ちゃんが喜ぶからわざと聞こえるように言ってるとこはあるかな……えへ。
まあそれはいいじゃん。サービスかどうかって言うならサービスかもだけど、俺が千空ちゃんの喜ぶ顔見たいってだけなんだから。
ただ、千空ちゃんが俺のことをサービス業のお姉さん枠に分類してたのは問題だよね。
今は大丈夫だけど、いずれ問題が起こりそうっていうか。
千空ちゃん、記憶力も観察力もゴイスーなわりにちょっと認識が雑なとこない? 大雑把っていうか。
足音が大きい=男、とか。声が高い=女、みたいな。
そりゃ足音が大きいから大柄な可能性が高い、よって男だろうとか、声が高いなら声帯が短いだろうから女ではって予測はたつよ。たつけどさ、お茶持ってきたりおしゃべり好きなのは女だろうレベルの雑さなんだよね、千空ちゃんのは。
ケア的な行動は女の子がする、みたいな。
それでいくと俺の行動は確かに女性っぽいわけで、優しいお兄さんを目指してた俺がサービス業のお姉さんになってしまったのも理解できなくはないというか。
でもダメでしょこれは。
俺がどうこうだけじゃなく、千空ちゃんの将来的にも雑すぎる認識はバイヤーだよ。このままじゃ好きな子できても「顔はいいけど考え方が古い」とか振られそうでお兄さん心配。
というわけで、まずは俺への認識を改めてもらうことにしました!
俺をしっかり男だと認識することで、ケアワークするから女とか決まってないの理解できるでしょ。で、その流れで俺はお姉さん枠じゃなくお兄さん枠に入れるってわけ。
それでゲンが納得するならいいけど、じゃないんだよ羽京ちゃん。俺だけじゃなく千空ちゃんの今後もかかってんだよ。このままじゃ顔はいいけどつきあうのはちょっと、とか言われちゃうじゃん。今更じゃないよ、これからの話! 千空ちゃんに恋人ができなかったらかわいそうでしょ。その時はゲンが責任とってあげなよ? も~、そんな冗談言ってる場合じゃないって。っていうかそうならないように、俺ががんばるって話してんだよね。
◆◆◆
というわけで始まりました、あさぎりゲン優しいお兄さん計画。
自分で納得するのは大事だもんね、なんて妙に羽京ちゃんが見守り態勢なのがちょっと解せないけどがんばるよ俺は!
千空ちゃんの雑認識を修正し、優しいお兄さんとして今後やっていくんだからね。
なんて息巻いてみるけどすることはゴイスー簡単。
これまで通りの言動にプラスアルファを加えるだけ。
そもそも俺のことをお姉さん枠に入れたの、言動だけで判断してるからだよね。千空ちゃんの思う「女っぽい」行動を俺がとってるから。
で、どこからどう見ても男にしか見えない俺をなんでお姉さん枠に入れちゃえるかって、実感してないからでしょ。
俺のこと男だって知ってるけど、理解してないんだと思う。
千空ちゃんって男同士の接触いやがるじゃん。肩くむみたいな軽い感じのから大樹ちゃんの感動ハグまで満遍なくだから、俺もあんまりベタベタしないようにしてたんだよね。
それが誤認識をより進めちゃったかな、って気はしてる。
なんだかんだ触ったら男でしかないもん。言動がどうであれ、お姉さん枠には入れないでしょ。なのに入れちゃってるあたり、千空ちゃんは俺の男っぽい部分を完全スルーしちゃってるに違いない。
なので、あえてのふれあい。
百パーセント男の身体の俺を体感することにより、言動で性差を判別しないニュー千空ちゃんが誕生し俺は優しいお兄さん枠にシフトチェンジってわけ。
完璧。
「千空ちゃん、そろそろ休憩したら?」
お茶を片手にかける声は、いつもより低めで落ち着いたものに。耳馴染みのいい、いかにも優しいお兄さんの声にチューニング。
座っている千空ちゃんの背後から、あえて立ったまま、背中におおいかぶさるように手を伸ばす。
体格差を感じさせ男だと実感させる作戦だけど……うわ、なんだか千空ちゃん大きくなってない? 骨ばっかり目立つ薄い胴体だったのに、腕を回したことで胸板が厚くなってるの俺の方が実感しちゃった。前は服の中で身体が泳いでたのに、いつのまにかぴったりになってる。
あ、肩も筋肉がついてきついくらいだ。首筋は変わらずすんなり伸びた若木のようなのに、続く鎖骨からは少年めいた不安定さが消えかけている。
手首に指はかろうじて回ったけれど、俺の記憶にあるよりずっとがっしりしている。
いつの間に成長してたんだろ。ずっと隣で見てたはずなのに、ちっとも気づかなかった。
こんなに早く大きくなるなら、優しいお兄さんなんてすぐいらなくなっちゃうね。
でも今はもう少し、あと少しだけ。
俺はキミのこと助けられる、頼りになる優しいお兄さんだから傍にいさせて。一人だけで立つのはもうちょっと待って。
俺の腕の中に囲い込める間はここに居てよ。お願い。
「はい、今日はここまで」
めいっぱいの優しさを詰め込んだ声音で告げれば、落ち着かなげな千空ちゃんの視線がちらりと俺の首元をかすめた。
そう! のどぼとけがあるんだよ、視認した? 成人男性ってわかりやすいパーツだよね。見えやすいように、いつもよりほんの少し襟元を緩めておいた甲斐があった。
つかんだままの手首から感じる脈は常より早い。
改めて、俺が男だって理解して驚いているのかもしれない。他の子たちに比べて俺にだけ距離が近かったの、やっぱり男って実感なかったからなんだな。ヨシヨシ、この調子で俺のことしっかり男って認識してね。
「ね、お茶冷めちゃうよ」
袖をさりげなくたくし上げ、筋張った腕をゆっくり目の前に。
お盆を持ってるからよりわかりやすいでしょ。ね、硬くて骨っぽい、筋肉質の男の腕だよ。袖に隠れてなけりゃその辺の皆と同じ。
遠くにちらりと羽京ちゃんが見えた。なんだか呆れてるみたいに肩すくめてるけど、結果を見てから判断してほしい。これからコツコツふれあい計画を進め、今更でも無駄なあがきでもなく、俺は千空ちゃんから優しいお兄さんとして認識されるんだから!
◆◆◆
「で、年下のいたいけな純情科学少年を誘惑しまくった感想は?」
「誤解です」
「最近のキミ、ぼったくりバーのお姉さんどころの騒ぎじゃなかったよ。メンタリストの本気ってすごいね」
「そんなつもりは全く」
「そういうつもりじゃなかった、はこういう時言い訳にもならないって知ってるよね、ゲン」
「おっしゃる通りです」
「あいつはやさしいじゃなくやらしいだろ、だってさ。上手いこと言うよね千空も」
ちっとも笑ってない声でアハハと笑う羽京ちゃんがゴイスー怖い。近所の優しいお兄さんっていうかこれ親では。
「……あの、本当にそういうつもりはまるでなく」
「千空本人だけじゃなく、周りから見ても全力で落としにいってたよ」
あれが近所の優しいお兄さんの態度なら弟分は全員道を踏み外すよ、と諭され愕然とする。
俺が千空ちゃんの嗜好を捻じ曲げちゃった……? なんてことを。俺にやらしいお兄さんの才能があったばっかりに!
「まあ今更っていうか、最初から一直線だったから曲がりようもないっていうか。ほら元気出しなよ、これからゲンがしなきゃいけない事ってなんだっけ?」
え、なに。土下座? やらしいお兄さんでごめんなさいって?
なんかちょっとエッチな気がするけど、千空ちゃんが希望するなら俺としては余裕でオッケーっていうか。
「千空に恋人ができないなら」
違った。けど。
「全力で責任とらせていただきます!!」