正直者は欲深

俺が正直なのは、そうしていたら望むものが手に入るからってだけにすぎない。

 

 

 

好きだと告げればイヤそうに顔をしかめられた。
手をつなごうとすれば振り払われたし、キスだって初めては息を止めて死にそうになってた。息継ぎをいつしたらいいかわからなかったとかなんだ。かわいい。俺を殺す気かもしれないあいつ。死にそうになった原因を聞いた瞬間悲鳴をあげた俺に心底気持ち悪そうな表情を隠しもしないまっすぐさもいとしい。なんせ純粋で素直やから。

それなりにつきあいも続いた今はもちろん手だってつないでくれる。ちゃんと。俺の部屋かあいつの部屋限定でやけど。照れ屋やからしょうがない。純情やからな。

「御堂筋」

目を合わせようとのぞきこんだらふいと顔を逸らされる。いつだったかキミの目はうるさいと言われたから、今もそうやったんやろう。別に普通やと思うんやけど、まあデリケートやからなこいつ。繊細、っちゅーか。いつでも周りのことよく見てちゃんとしようと一生懸命で。

「御堂筋、好き。好きや」

かわいい。いとしい。どうしようもない。
俺より背のでかい男にかける形容詞として間違ってるかも、なんてちょっとも思えへん。こんなにいじらしくてかわいくて抱きしめたい存在、他にどう言うたらいい。キミの目ぇはおかしい、なんておまえこそ間違ってる。

だっておまえ、こういうことにまるで慣れていなかった。慣れて、どころかひとつも知らんかったやろ。
手をつなぐのも。キスも。抱きしめあうのも。今みたいに、尻につっこまれて必死に声殺すことも。
せやのに俺の言う通り、なんでもかんでも許してしもて。なんていじらしい。

「好きや、ほんまに」

全部まっさらで、俺に明け渡してもうて。俺がすることに抵抗のひとつもせず。いや、抵抗はしたか? でも手振り払われたりひっついたら蹴られたりもしたけど、結局最後は許してくれたし。拒否は、なかった。本当のひとつも。

俺のこと好きやから、受け入れてくれたんやろ。知ってる。
俺のこと大事やから、拒否せんのやろ。わかってる。

「なあ、御堂筋」

そんなんかわいいて言わんでどう言うの。
文句なんて山ほど言うてくれてええ。わがままならいくらでもかなえてやりたい。俺はおまえほど頭よくないし、人の感情の動きに敏感でもない。だからすまんけど言うてほしい。おまえがなにを思ってんのか、望んでんのか、教えてくれたらなんでもする。なんでもする、から。

「御堂筋」
「……名前、呼びすぎ。うるさいでキミ」

噛みしめたんだろう、歯型のついた唇がやっと動いた。セックスの最中はかたくなに口を開かないから声が聞けてうれしい。本当は名前のひとつも呼んでほしいけれど、恥ずかしくて無理なんだろうと納得はしてる。しかたないのでその分も俺が呼ぶ。
低い、機嫌の悪そうな声音。ザク時代の俺ならびびっていたこと確実な。でも。

「せやかて呼びたいやろ、名前」

おまえがこんな声だすの、自分に苛立ってる時やろ。それくらいわかる程度には、俺かておまえの傍にいた。

「好きな子の名前呼んだらうれしいし」
「キモい」
「いやほんまに。いっぺん試してみ? めっちゃときめくし胸ん中お花畑なるしすごいで」
「心底キモい。頭がお花畑やでキミそれ」

なあ、なんで。
おまえがセックスまで俺としてしまうの、好きやからやろ。それ以外ないやろ。内臓まで俺にさらして許してするん、好き以外のどんな理由があるん。俺がおまえ好きでおまえも俺が好きで、ほないっこもつらいことなんてないはず。

「御堂筋、なあ」
「せやしなんなん、さっきから」
「なんで最近、俺の名前呼ばんの」

今度こそ目を合わせれば、大きな目をくくっと細めて嘲笑うような顔をする。

「なに、……しょーもな。気のせいちゃう」

ごまかせるなんてさすがに思ってないだろうに、それでも意地を張るところまでかわいい。なんやろうなこれは。おまえがなにしてもかわいいとか、さすがに口にしたら本気で引かれそうやけど本心やからどうしようもない。

「御堂筋」
「気のせいや。石垣くん、いつからそんな気にしぃになったん」

デリカシーがないてさんざんわめいたんおまえやろ。気にしいなんて、おまえのことやなかったら欠片も気にせんよ。

「なあ、正直に言うてくれ。言うてくれんと、俺はわからん。おまえのことやから、ちゃんと知りたい」

 

◆◆◆

 

手を振り払った時は、部屋ならいいと苦虫をかみつぶした顔で言ってくれた。
キスした時は、息できんで死んでまうなんてかわいすぎることを言うから俺が死んだ。まずいことを口にしたと悟った御堂筋の赤面殺傷能力すごい。マジで。
抱きしめた時に、手をどうしていいか迷って俺の服を指先でつまんだあの瞬間、可能なら部屋中転がりながら奇声をあげたかった。それくらいしないと俺が爆発すると思った。抱きしめてたからしなかったけど。結局あいつが帰ってからして、母親に真顔で悩みがあるなら相談しなさいと言われた。
セックスの時なんて、痛いとあほと石垣くん。その三つばっかり言われて。痛い痛い痛い、いた、あほ石垣くん、あほ、や、痛い、い、いたい。石垣くん。石垣くんいしがきくんいしがきく、ん。

「……俺とおんの、イヤか。俺とすんの、もう」

鼻ぐずぐずいわして肩やら背中ばちばち叩いて、痛いやらあほやらめいっぱい言うくせに笑ってたやろずっと。いしがきくん、て何回も何回も。好き、の代わりやったらええなぁとひそかに願ってた俺は一人勝手に幸せで。
ちゃう。俺ら幸せやったやろ。一人で、違って二人で。ちゃんと二人で。

「おまえがすんのイヤやったらせん。そら俺かて年頃やしおまえとおってなんもできんとかはつらすぎるからキスくらいはしたいけど」
「は?」
「あ、キスもイヤやったらええと……舌いれんかったらどやろ。さわるだけのやつ。もちろん口だけでええ! そらおまえが許してくれるなら身体中どこかてしたいけど」
「ちょ」
「あかんか……けど一緒に寝るくらいやったらほら、添い寝とか。いやちゃうでえろいサービス的な意味ちごて、俺は純粋におまえとひっついて抱きしめあうの好きやから」
「ちょ、待ち」
「ちゃうねんほんま誤解せんとってほしいんやけど、俺はおまえと居れたらそんでええし身体だけとか求めてるわけちゃうし、せやから」

がちん、と歯を噛み鳴らす音と共に久しぶりの頬の痛みが俺を襲う。

「だ ま れ」

出会った頃レベルに凶悪な顔をした恋人とか久々すぎてどうしようちょっと動悸が。きれいな歯並びを見せつけるようにかちかちと鳴らすなんてひどい。舐めたい。薄荷の味するんやで知ってた? 歯磨き粉の。

ときめきまくってる俺を置いてけぼりに、ひどくいらだたしげに御堂筋は歯を噛み鳴らす。なんでわからん、て理解できん顔。おまえと出会った当初、しょっちゅう見たな。あの頃はただただおまえの理不尽さに憤ってたけど、どう説明したらええかわからんと困惑してるって理解してからはかわいいだけの。
ほんまどないしよう。おまえのことを知れば知るほど、なんでもかんでもかわいいになる。かわいらしゅうてしゃあない。

ぱか、と口が開く。戸惑うように閉じて、また開いて。三回繰り返してからちょっと溜息。

「……別に、したないとかはない」
「っ、キスか!?」
「それも」

言外にセックスも大丈夫と告げられて一気に舞い上がる。よかった。けど、でも。

「あの、けど……痛い、んか?」
「痛いとか最近ゆーとらんやろ」
「けど」

息をつめて声を殺して枕やら布団にすがって、必死に俺から逃れようと身をよじるおまえしか最近見てない。ぎゃあぎゃあと文句言いながらもうれしそうに俺の肩を叩いてすがってしてくれてたのに。終わったらひっついてしゃべってしたい俺と、めんどい眠いだるい暑いとぶすくれてそのくせ腕からは逃げんおまえと。だったのに。

「背中、向けて寝てまうやろ。最近」

ひどく不機嫌に。俺の腕やら声やら全部拒んで。

「そら痛いて言わんけど、他も、なんも言わんし」
「スキーとかモットーとか言うたらええん?」
「茶化すな!」

俺がなんとかできることならなんでもする。なんでも。我慢は得意やしおまえと居るためやったらそもそも我慢ちゃうし。

「ごめん。ちゃう。ちゃうんや。おまえのが身体に負担かかるし、痛いとかつらいとかそら言いにくいやろうけど。でも」

おまえが俺のこと好きちゃうなんて疑ったことはない。おまえは誰より誠実で真面目な男やから、好きやない相手にこんなこと欠片も許したりせん。
だけど俺のために苦しいのを我慢してるかもしれんと思うだけで、俺が俺のために俺をぶちのめしてしまいたい。おまえが好んでくれてる俺を失くしたらあかんけど、ちょっと苦しめるくらいならいくらでも。

 

 

 

「あー……せやしイヤやねんキミ」

頬をひっつかんでいた手がぽとりとシーツに落ちる。
こんな時やなかったら説教したい。抱え込んだ膝に顔を伏せるとかあかんからなほんま。おまえさっきまでなにしてたか覚えてるか? そんで今の自分の格好な。素っ裸で布団の上、恋人と二人っきりでそういうかわいい姿勢とったらな、今は緊急事態やからなんとかなっとるけどこれ反則やから。いや我慢するけど。もちろんするけど!

「ほんまイヤや。アレやろ、おまえを苦しめる俺なんかーとかくそったれなこと考えとるんやろ。正直重いしな、そういうの。しかもずれとる。ピントはずれもええとこ。そんなんボクちっとも思ってへんからね。勝手に暴走すんのやめてや」

少女漫画か、とか悪態つかれてつい素直に謝ってしまう。最近の少女漫画はそういうのなんか。ちょっと参考に読んでみよ。

「あと痛いとかほんまちゃうし。ボク、キミに嘘、ついてへん」

死ぬ。
かわいさで殺される。

ちらってこっち上目づかいで見るとかおまえどこで学んだん。いや待ってほしいそんなんどこでも教えんよな? ほな天然か。素でやってんのかこれ。ちょっと口とがってたんも俺は見逃さんからな。わかっとるよおまえが嘘つくとかそんなん思ってへん。でもあざといかわいい俺は死ぬ。いやおまえを置いてどこへもいかんよ生きる。

「せやけど最近、声もださんと苦しそうにしとるやろ。前は俺の腕とか肩とかつかんだりもしてたのに、全然さわらんし。のけぞって逃げるし。終わってから、不機嫌そうやし」
「……まあ、そやね」
「やからめっちゃ痛いんかな、とか。苦しいかな、とか。思って」

俺とのセックスめちゃくちゃ気持ちええって思ってたらええのに。おまえ。そしたら俺のこと好きやなくなっても傍に置いとってくれるかもしれんのに。俺のこと好きなんは知ってるし、だからセックスしてるし、でも。
ほな俺のこと好きやなくなったら簡単に別れてしまう、とか。
そういうこと考えてたんがばれたんかな。重いってさっき言うてたもんな。そもそも好き同士がするのがセックスで、気持ちええからって好きでもない相手傍に置いてくれんよなおまえ。
ああもうわからん。堂々巡りでまとまらん。おまえが好きや、ってそれだけやのに。

「痛い、とか……ないから、言うてへんし。手ぇは、その、アレや、あの」
「御堂筋、どした? 言いにくかったらええで。おまえが言える時に言うてくれたら。……あのっ、俺がへたくそなんはこれからもっとがんばるし!」
「っ、キミはこれ以上ボクむちゃくちゃにしてどうしたいねん!!!」

なんかぐっときた。今の言葉のチョイスええな! 積極的に使っていこうや、ボクむちゃくちゃにして。

「がんばるとかなんなん。そらキミはこれから誰とどうつきおうたかて役立つスキルやけどな? こっちはこんな経験値いらんねんなんなんほんまあほかなんで痛ないねん意味わからんボクの身体がボクを裏切ってどうすんの」

抑揚のない早口で意味を理解する前に耳を通り過ぎていくけれど、とりあえず痛くないことはわかった。
あいかわらず膝小僧に顔を伏せたままだから声もこもって余計に聞き取りにくい。
へたくそやから、っていうのは正直かなり勇気ふりしぼったんやけど。いややっぱり直視したくないし恋人に言いたくもないやろ自分がセックス下手、て。でもそこは努力をかってほしくて。せやのに俺の勇気はまるで受け取らず、御堂筋はまだ口を閉じない。

「腕やら肩やらつかめてあほかそんな余力ないっちゅーねんキミがあっちこっち好き放題触るからめっちゃ体力消耗しとんのに文句つけるんやったらあんなはりきらんといてや、ってそうや逃げるとか意味わからんし勝手に身体はねるんしゃーないやんかボクのせいちゃうのに」

がばりと勢いよく上げられた顔が目の前にある。うらみがましく睨みつける目は、俺が悪いと主張しきって。

「言え言えてうるっさい、恥ずかしいこと言わすん趣味か。そんなんな、キミがボク抱きしめとかんのが全部悪い」
「その通りです! すみませんでした!!!」

 

◆◆◆

 

「御堂筋ー。めっちゃ好きやで」
「そぉか」
「俺しあわせや~。ごめんな勝手に思いこんでてなぁ」
「ほんま迷惑な男やで」
「迷惑かけた分、がんばるしな」
「いらん」
「痛ない、ちごて気持ちいいになるようにちゃんと」
「いらんからな」
「口開いたら変な声でそうとか痛くないの男やのに淫乱ぽくて恥ずかしいとかな、そんなん言われてしもたら」
「言うてへん」
「気持ちよすぎて力はいらへんから手伸ばせんし、せやからいつでもぎゅって抱きしめてとかそんなかわいいの」
「言うてへんっちゅーとるやろ」
「全力でおまえがよがれるように一生かけるからな俺は!」
「はりきるなっちゅーとんねん聞けや!!!」

一生かける、て言うたんにいらんて言わん。
そんなん俺におまえの一生くれってことと一緒やのに。他の相手がおって俺とセックスなんてする男ちゃうやろおまえ。せやのに。

「おまえに好き言うんもな、手ぇつなぐんもキスするんも抱きしめるんもセックスも、全部好きやしずっとしたいわ」
「……ちょっと正直に生きすぎちゃうか石垣くん。もう少し色々オブラートつつみぃよ」

俺は全部言う。正直に。思ってること全部おまえに伝えるよ。
それは誠意の問題じゃなく、手に入れるための手段として。

「御堂筋。おまえほど誠実で純粋できれいな存在、俺は知らんよ」
「キミィほんま夢見がちやねぇ」

 

 

 

まるで暗示のようだ、なんて今更考えもしない。