焼け木杭にならない

「ねえ羽京ちゃん、俺ジーマーで悩んでるからもうちょっと建設的な意見が欲しい」

そう言われても、隣で重いため息をつくゲンにできるアドバイスはひとつしかない。

「告白すればいいよ」
「それができたら悩んでないんだよねぇ!?」

わっと嘆くふりをするゲンは、普段の観察眼をどこへやったんだろう。

「だって告白されて、その時は振ったけど後から好きになった、って話だよね。どうしようもなにも、ゲンから再告白すればいいじゃない」

好かれているなら告白は百パーセント成功するだろうし、もう好意が薄れていたとしても一度は好きになった相手だ。好きになったと言われればうれしいだろうし、また恋心が復活する可能性は高い。焼け木杭には火が付き易い、と言うではないか。
そもそも相手がまだこちらを好きかどうか、なんてゲンが見れば一目でわかるだろう。

「でもさ、好きって言われて意識しちゃって好きになるとかお手軽すぎるし」
「まず告白することで意識させてから攻めるのもありだよ、ってこの間言ってなかったっけ」
「へたに期待もたせちゃダメだ、って恋人がいるからって断ったのね。だから同じ気持ち返せないよって」
「復活者に? それはすぐばれるでしょ」
「まだ石化してることにした……留学中に出会った設定だし日本に石像がないからばれない……」
「なんで変なとこ細かく嘘ついてるの」
「嘘じゃないよ、ごまかしたの! ……だってあの時はそれが一番いいと思ったんだもん」

人間関係に波風をたてないため適当にそれらしいことを言う、のはわかる。羽京もそういう断り方をしたことがない、とは言えない。言えないが。
机に懐いてべしょべしょ泣き言をうめくゲンにとって最適解かと問われれば、否だ。

「なんでそんな嘘ついたんだって言われる……きっぱり諦めさせるためって教えたら絶対怒る……俺のことそんな男だと思ってたのかって傷つけちゃう……」

相談を始めた当初は一応伏せていた相手の情報をぽろぽろこぼしているが、いいのだろうか。
今更なので羽京としては気にしないけれど。

「じゃあ、恋人からせ…んんっ、告白してきてくれた相手に心が移ったって設定にすれば? ゲンだって復活してもう一年以上経つんだし、今後会えないかもしれない相手から心変わりするのはありでしょ」
「えっ、尻軽とか思われない!?」
「それは相手次第だから」

火の傍でワイワイ盛り上がっているグループをちらりと確認すれば、楽しそうに笑っている「相手」が勧められるままにジョッキをあけている。未成年に、と思えどそもそも酒を造っているのがその未成年本人なのだから咎めにくい。

「個人的には尻軽とかそういうのは思わないと……うーん…どうかな」
「えっ、なに、なんで途中で意見変わってきちゃったの!?」

人間だれしも心変わりはするものだし、初めてつきあった相手と結婚して末永く、なんてめったにない。
彼とて結婚して即離婚したというし、それくらいはわかっているだろう。だからゲンが存在しない恋人に操立てしないことを責めたりはしない。だろう。うん。

「いや、でもなんだか特定の人物に関しては結構な執着心があるように見えなくもないっていうか、気のせいだといいんだけど」
「羽京ちゃん? 羽京ちゃーん、どしたの、悪酔いしちゃった?」
「尻軽と責められはしないだろうけど、今後どうなるかはちょっと予測できないかな」
「今後? なに??」

水飲みなよ、と自分のグラスを渡してくるゲンはだいぶ酔いが醒めたんだろう。さっきまではお酒だと思い込んでいたのに。

 

 

 

フランソワから水を二つもらって一息つくと、ゲンは改めて口を開いた。

「でもさ、やっぱり告白はできないよ」
「どうして?」
「今更すぎるでしょ。告白されてからもう結構経つもん。とっくにあっちは気持ちの整理もついてるだろうし」

そういうの得意そう、と眉を下げて笑うゲンには悪いけれど、こちらとしてはまるでそう思えない。
さっきからちらちら聞こえてくる話題が、見事に相手の恋についてなので。

「この間言ってくれたんだよ。超絶速度で復興してやる、ずっと隣で見てろって……あれ、石化してる俺の恋人も復活させてやるってことだよね。ゴイスー優しいんだ……振った俺のことなんかを親身にさぁ」

いやそうじゃない、と口にしそうになってぐっとこらえる。
復興するのを隣で見ていろ、がどうして恋人を復活させてやるになるのだ。楽しみに待っていろ、と理解したとしても変化球すぎる。

「ゲン、恋愛脳になると自分のことはさっぱりな方!?」
「ひどいなぁ。でもジーマーでそうかも。メンタリズムって統計だからさ、視線とか声の高さとかそういう言動から考えるんだけど……目の前にいたら頭の中ぐちゃぐちゃでなにも考えられなくなっちゃうし」
「うん」
「発汗とか脈拍とかいつも通りにするのに精一杯で、っていうか結構顔とか赤くなってることあるし」
「あ~」
「俺だってさ、まだ好きでいてくれてるのかなって思う時あるよ。距離が他より近いなとか、気にかけてくれてるなとか、色々。でもさ~……高校生とかどれくらいで次にいったっけ」
「え? 高校??」
「学祭で盛り上がってつきあっても年明けには別れて四月には新しいクラスで新たな恋に落ちてたり平気でするよね……ううんもっと短いスパンだった。別れたら即違う相手だった」
「ゲン?」
「どうしよ羽京ちゃん! 絶対もう俺のこと好きじゃない!! 期間空きすぎてる!!」
「落ち着いて、大丈夫だから! そういうのは人によるから!」
「だって高校生だよ!? 毎日会うから展開が早いんだよ!」
「そりゃキミ達も毎日会ってるけど落ち着いて!」

なるほど、この勢いで告白に芽がないと信じ込んでしまっているのか。
というか確かに年齢だけでいえば高校生だろうけれど、3700年を数えている時点で一般的な高校生としてありえないのだから恋愛だけあてはめなくてもいいだろうに。

「でもゲンだってさ、告白されて意識して、ってゆっくり好きになってきたんなら相手もそうかもしれないよ」

普段大人ぶって自分の感情を抑えがちな年下の友人が、恋に惑ってオロオロしているのは微笑ましい。なんだかんだまだ若いのだ、悩んでぶつかってしてほしい。
だから羽京が聞こえることすべてを教えてしまうわけにはいかない。

「もしもうゲンに恋愛感情がなかったとしても、告白したら意識してまた好きになるかもしれないし」
「ふふ。だったらいいな」

でも俺の存在しない恋人を復活させてくれるつもりなんだよ、本当に恋じゃなくなったんだよ。と言わんばかりの力ない笑い顔にどうしてやろうかと思う。

「羽京ちゃんのことだから相手のことなんとなく察したかもだけど、内緒にしておいてくれる? あの子にこれから好きな子ができた時とか気まずくなるのもなんだし」

 

 

 

これは酒の席の一幕。明日には忘れる内緒話。
恋する相手のことを一番に考えているんだろうゲンに、どう説明してやればいいだろう。
断られた千空がまったく諦めていないことを。唆る科学をめいっぱい見せてゲンに惚れられるよう、復興までずっと隣からゲンを離さないつもりだということを。石化している恋人、より惚れられりゃなんの問題もないだろうと張り切って長期計画をたてていることを。
先ほどから科学王国民の前でほぼ演説のように宣言してしまっている事実を、聞こえていないゲンにどう。

「……うん、なにも聞いてないことにするね」

焼け木杭に火、どころかごうごうと燃え盛っている場合はなんて言うんだろうな。